東京交響楽団 第662回定期演奏会|藤原聡

東京交響楽団 第662回定期演奏会

2018年7月14日 サントリーホール
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
東京交響楽団
ジョナサン・ノット(指揮)
マクシミリアン・シュミット(テノール)
サーシャ・クック(メゾソプラノ)
クリストファー・モルトマン(バリトン)

東響コーラス(合唱)
冨岡恭平(合唱指揮)
グレブ・ニキティン(コンサートマスター)

<曲目>
エルガー:オラトリオ『ゲロンティアスの夢』作品38

 

今期の東響の様々なコンサートの中でも最も注目されるべきそれはこのノット指揮よるエルガーの『ゲロンティアスの夢』だろう。まず、この曲の実演には滅多にお目にかかることが出来ないということ、しかしこれをもってエルガーの最高傑作とする声が多いこと、さらには英国人だが今まで東響において英国音楽をほとんど演奏していないノットが『エニグマ変奏曲』や交響曲第1番ではなく敢えて初振り(!)の当曲を取り上げたこと(ちなみにノットは少年時代にエルガーの故郷ウスターの大聖堂の聖歌隊員としてこの曲を歌ったことがあるそうだ)。エルガーファンは言うまでもなく、必ずしもそうではなくとも名前は有名な『ゲロンティアスの夢』が演奏されるなら是非聴かねば、という方も多かったのではなかろうか。

結果、その演奏は大成功だったと言えるだろう。全く素晴らしい演奏であった。と言うよりも、ノット&東響のこの共感に満ちた演奏は今までのこのコンビの最良のものとなったと言ってよかろう。誰もがワーグナーの『パルジファル』を連想せずにはいられぬであろう冒頭の前奏曲から、ノットの東響の作り出す音は極めて暖かみがあって肌理が細かく、そのハーモニーは喩ようもなく美しく儚い。あるいは第1部の司祭や友人たちによる合唱の加わる終結部や第2部で悪魔がゲロンティアスを罵るシーンでは極めて強靭でダイナミックな響きをも聴かせる。ノットが東響からここまで無理なく多様な表現を引き出したこと自体が瞠目に価するが(しかも不慣れなこの曲で!)、4月における彼らのマーラーとブルックナーのコンサートの際にも筆者が記したように、このコンビは最近明らかに1つ次元の高いステージに移行したようだ。ノットの細かく厳しい要求を「何とか」クリアしているかのような過去の演奏から―それはギクシャクして上手く行っていない場合もしばしばあった―、それを余裕を持って音化できるような高みにまで上り詰めて来たということだろう。であるから、演奏を聴きながら「恐らくノットはこういう表現をしたいのだろうがそれが空回りしている」と思わせる瞬間がほぼないのだ。

そのノットと東響の演奏にも増してこの日の成功最大の立役者は東響コーラスの大健闘ぶりだ。極めて大人数でありながら粗さの全くない非常に精緻で滑らかな歌唱を披露し、様々な役柄(悪魔、天上の合唱、友人たちetc)を雄弁に歌い分ける。さらに驚くべきことに、合唱が主役とも言いうるほどに長時間の歌唱場面があるこの曲を全て暗譜で歌い切った。なるほど、その歌はていねいではあったがより強靭な迫力とメリハリを求めたい場面もあったし、発音の不明瞭さが気になる箇所もないではない(恐らく翌日のミューザ川崎であればよりクリアに聴こえたことだろう)。しかしそれはごくごく僅かな瑕であり、その歌の完成度の高さを大きく損ねるものではない。そして独唱3人も大変に水準が高く、特に出番は最も少ないながらも司祭/苦悩の天使を歌ったクリストファー・モルトマンの歌が最も均整が取れて秀逸。歌詞も明瞭に聴き取れる。ゲロンティアス役のマクシミリアン・シュミットは声量の点でやや他二者より劣るものの声質が良くて芯のある美声がよく届く。天使役のサーシャ・クックの清澄な声は天使にうってつけと思えるような名唱。

ノットの今年の東響登壇予定で注目すべきは11月のラフマニノフの交響曲第2番(ノットのイメージとこの曲が結びつくだろうか? という意味で興味津々)、さらには12月のR.シュトラウス『英雄の生涯』(前半にヴァレーズの『アメリカ』を演奏するというのでびっくり)。こういうプログラミングも含めて、ノットのコンサートは本当に毎回が「事件」だ。

関連評:東京交響楽団 川崎定期演奏会第66回|大河内文恵

 (2018/8/15)