びわ湖ホール・新国立劇場提携オペラ公演『トスカ』|能登原由美

びわ湖ホール・新国立劇場提携オペラ公演 『トスカ』

2018年7月22日 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール

Reviewed by 能登原由美(Yumi Notohara)
Photos by 寺司正彦/写真提供:新国立劇場(びわ湖ホールと共通使用@新国立劇場)

指揮|ロレンツォ・ヴィオッティ
演出|アントネッロ・マダウ=ディアツ
合唱|びわ湖ホール声楽アンサンブル、新国立劇場合唱団
児童合唱|大津児童合唱団
管弦楽|東京フィルハーモニー交響楽団

【キャスト】
トスカ|キャサリン・ネーグルスタッド
カヴァラドッシ|ホルヘ・デ・レオン
スカルピア|クラウディオ・スグーラ
アンジェロッティ|久保田真澄
スポレッタ|今尾滋
シャルローネ|大塚博章
堂守|志村文彦
看守|秋本健
羊飼い|前川依子

 

地震に豪雨と度重なる自然災害に加えて連日の猛暑、その上、政治も社会も気の滅入る話ばかりが耳に飛び込んでくる。そんな鬱陶しい現実の世界からの逃避をまさに叶えてくれる舞台であった。豪華絢爛の舞台装置に贅沢な歌手陣。もちろん、100年前に初演された当時の貴族社会のそれとまでは言えないけれども、この、うだるような日本の空気を一瞬にして吹き飛ばしてくれる一大スペクタクルであった。

びわ湖ホールと新国立劇場の提携オペラ公演として、後者が2000年にアントネッロ・マダウ=ディアツ演出により制作したプロダクション。何度も再演を繰り返しているという人気演目である。確かに、劇的な場面展開を息つくひまなく詰め込んだシナリオと音楽に、19世紀イタリアの貴族社会を彷彿とさせるセットや衣裳で見せ所は満載。しかも演奏水準も超一流となれば、現地に行かなくても「体験できる」その高揚感を一度は味わってみたいと思うものだ。無論筆者もその一人。本公演では、トスカにキャサリン・ネーグルスタッド、カヴァラドッシにホルヘ・デ・レオンと、オペラ界の花形たちが起用され、この度の東西公演の目玉となっていた。

もっとも光っていたのは、スカルピアを演じたクラウディオ・スグーラであろう。多くの悪役は、役柄自体、あるいは演者自身が何かしらの共感を―あるいは同情を―こちら側に感じさせるものであるが、スグーラのスカルピアには一切憐憫を感じることはなかった。むしろどこか余裕のある悪役ぶりで、見ていて気持ちが良い。もちろんそれは、安定感とパワーのあるその歌唱があったからこそなし得たことだろう。

一方、ネーグルスタッドとレオンについては、こちらも圧倒的な歌唱力で確かに素晴らしいのだけれど、場面の状況に比してどこか切迫感に欠け、白々しさを感じる場面もあった。特に、第1幕や3幕での二人のデュエットなど、耳には心地よいのだが胸には迫ってこない。我ながら贅沢なものだとは思うのだけれども…。

ついでにもう少し穿った見方で言えば、これはかつて成功をおさめた舞台をそのまま「再現」したにすぎないことも実感した。もちろん、歌手も奏者も、舞台を作るスタッフの多くもその都度異なるに違いないが、演出、つまり楽譜と台本を実際に舞台上にリアライズする際の発想は同じだ。しかもその演出は、19世紀末の初演時の発想から大きく外れているわけではなく、それから100年余りたった現在の視点があるわけでもない。まさに現在とはかけ離れた世界、100年前のブルジョア達が浸ったであろう夢の世界へと一時的に逃避させてくれたものにすぎない。

けれども現実から逃避させてくれるということは、言い換えれば、幕が降りた後の私の世界はそれ以前と何も変わっていないということでもある。もちろん、オペラや演劇とはそういうものと割り切ることもできるだろう。だが、せっかく観るのであれば、私の日常に広がる景色に少しでも異なる色を与えてくれるものであって欲しい。残念ながら、そうした変化は全く起きなかったというのが終幕後の印象であった。

関連評:新国立劇場 プッチーニ:オペラ《トスカ》|藤堂清

(2018/8/15)