室内楽の魅力 小菅優の「ベートーヴェン詣」2018|藤原聡
室内楽の魅力 小菅優の「ベートーヴェン詣」2018
ベートーヴェン:チェロ・ソナタ全曲演奏会1(全2回)
2018年6月15日 第一生命ホール
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 大窪道治/写真提供:トリトン・アーツ・ネットワーク
<演奏>
ピアノ:小菅優
チェロ:石坂団十郎
<曲目>
ベートーヴェン
『マカベウスのユダ』の主題による12の変奏曲 ト長調 WoO45
チェロ・ソナタ第2番 ト短調 Op.5-2
チェロ・ソナタ第1番 ヘ長調 Op.5-1
『魔笛』から「娘か女房か」の主題による12の変奏曲 ヘ長調 Op.66
チェロ・ソナタ第4番 ハ長調 Op.102-1
(アンコール)
シューマン
幻想小曲集 Op.73~第3曲
おとぎの絵本 Op.113~第4楽章
ベートーヴェンのソロ曲のみならず室内楽曲や歌曲の伴奏までをも含んだピアノ付きの作品を全て取り上げて行く小菅優のプロジェクト「ベートーヴェン詣」。今年は石坂団十郎を迎えてのチェロとピアノのための作品をプログラムに乗せるが、その第1回目が今回のコンサートである。尚2回目は12月に予定されているが、そこではチェロ・ソナタ第3番と第5番がメインプログラム組まれており、前者では現行版の他に第1楽章の初稿版というレアな曲も演奏される予定だ。
さて、この日の演奏の印象をまとめて述べるならばその主導権が小菅優にあったのは明確だろう。と言っても石坂団十郎が従に回って消極的だったという意味とも違う。感興の高まりによって自ずと音楽に表現される起伏というかコントラストを瞬間的に「仕掛ける」のは大概小菅優だという意味である。そうすると、それにヴィヴィッドに反応してこれまた瞬時に同じテンションを上げにかかる石坂。音の美しさに定評のある石坂のチェロだが、ここではその美質を保ちつつも常日頃のこのチェリストよりも一回りスケールの大きな音楽を奏でている。これもまた小菅との「化学反応」の賜物。それにしてもこの阿吽の呼吸は全く見事で、例えば第2番のソナタの第1楽章において、長大な序奏からアレグロ主部に移行する際の突然視界が開けたかのような開放感の演出、あるいは第1番の第1楽章終盤でのテンポ変化、第4番のアレグロ・ヴィヴァーチェでの素晴らしい推進力など…。既にピアノ・ソナタ全集において骨太かつあらゆる細部にまで神経の行き届いた「木を見て森も見えている」演奏を展開した小菅の表現力がこのチェロ・ソナタの演奏においても十全に発揮されている。内省的な味わい、という点ではこの両者はさすがに若いが、この演奏にない要素をあげつらうよりも美点に目を向けよう。もとよりあらゆる意味で完全な演奏、など存在しないのだから。
アンコールのシューマンでは石坂のチェロの音にはさらに艶が乗って来たようだ。これが当夜の石坂のベストパフォーマンス。敢えて言えば小菅にはシューマンよりもベートーヴェンが似合っているように思うが、このカッチリと隙のないシューマンもまた良き哉。12月の2回目が今から楽しみになって来ました。
(2018/7/15)