パリ・東京雑感|独裁者を羨むトランプ大統領 プーチンはなぜ強い?|松浦茂長

独裁者を羨むトランプ大統領 プーチンはなぜ強い?

text by松浦茂長(Shigenaga Matsuura)

トランプ大統領は、北朝鮮の金正恩党委員長に会ったあと、うらやましくてたまらない様子で「彼が話すと北朝鮮国民は背筋を伸ばして気を付けの姿勢をとる。私の国民もそうして欲しいものだ」と、記者達に漏らしたそうだ。まさか、トランプといえども、北朝鮮国民が委員長を愛するあまり「気を付け」の姿勢になるとは信じていないだろう。絶対服従の「私の国民」が欲しければ、恐怖で硬直させればよいのだ。
ソ連の独裁者スターリンが演説を終えると、何十分も拍手が続いた。そのわけは最初に拍手をやめた者が処刑されるからだという。ソ連崩壊直前のモスクワでよく聞かされた話。恐怖によって操り人形のように行動させられてきた自分たちロシア人の姿を自嘲する作り話だったかもしれない。
トランプが金正恩を「偉大なパーソナリティ」、「とても頭の良いやつ」と褒めるのは、社交辞令どころか、心底惚れたからだ。指導者には誰もがひれ伏し、批判する者は投獄、処刑。うるさい議会や、法律を振りかざす裁判所、あら探しに熱中するメディアなど民主主義的チェックアンドバランスの面倒がない。トランプはアメリカをそんな国にしたいのだろう。
シンガポールの首脳会談からの帰途、トランプは「我が国の最大の敵は、馬鹿が広めるフェイクニューズだ。」と、実に正直な告白をした。彼の言うフェイクニューズとはもちろんCNNとニューヨークタイムズである。トランプがフォックスニュースの不正確な報道を根拠に珍妙なツイートをすると、たちまち「事実は違う」と文句がつく。指導者の声を素直に聞こうとしない<フェイクニューズ>=真実こそ国家の<最大の敵>なのである。

トランプは独裁者・強権指導者が大好きだ。
フィリピンのドゥテルテ大統領に会うと「麻薬問題で信じられないほどの実績をあげている」と驚嘆。(ドゥテルテは、麻薬に絡んだと疑われる者を、裁判なしに自警団に殺させ、7000人以上が犠牲になった。)
中国の習近平総書記が国家主席の任期を撤廃すると「習氏はいまや終身大統領だ。習氏は偉大だ。素晴らしいことだ。われわれもいつか試してみなくてはならない」とうらやんだ。

FIFAワールドカップトロフィーツアーのスタート

しかし、トランプが心の底から敬愛する強い男は、もちろんロシアのプーチン大統領である。ヨーロッパやカナダの首脳はどれもお気に召さないらしく、G7にプーチンを入れてG8に戻そうと無理な注文までした。
カナダは、アメリカを襲った(カナダとは何の関係もない)アルカイダと闘うため、アフガニスタン侵攻を応援し、158人の死者まで出した。それほどアメリカに尽くした国なのに、トルドー首相がミルク・チーズの関税引き下げに抵抗するとトランプから「裏切り者。地獄の特別席が待っている」とののしられた。
ニューヨークタイムズのコラムニスト、トマス・フリードマンは「地獄の特別席?ミルクの関税のために?我が国の最も暗い日々に寄り添ってくれた国に対して?これはもう本物の病気だ」と書いている。
しかし、民主主義を掲げる友好国を攻撃し、独裁者を礼賛するトランプの流儀には固い支持がある。おそらく、彼は時の流れにうまく乗っているのだろう。ニューヨークタイムズのコラムニスト、ロジャー・コーエンは「トランプは強い。2期目の選挙に勝つかもしれない」と不吉な予言をするほど、世界はトランプ流へと激変しているのだ。

民営の店が出来はじめたモスクワ

強権に引きつけられる<時の流れ>の正体は何か?
フランスの大統領候補だった極右マリーヌ・ルペン、イタリア総選挙で勝利した反移民の北部同盟とポピュリストの五つ星、ギリシャ左派政権のツィプラス首相、移民を防ぐ壁を立てたハンガリーのオルバン首相、そしてトランプ大統領……右と左、イデオロギーも政治スタイルも様々なのに彼らに一つ共通点がある。それはプーチン崇拝だ。
デービッド・ブルックスいわく「地球上で最も影響力のある人物は誰か?私はウラジミール・プーチンに票を入れる」。いま世界は民主主義と強権主義の熾烈な勢力争いの時である。そして、その一方の側の中心軸に位置するのがプーチン。強権派のヒーローなのだ。
プーチンの威光はどこから来るのだろう。まずは彼の登場物語が、反西欧のヒーロー登場におあつらえ向きだった。ソ連=共産主義が終わるとき、アメリカから若い経済学者グループがやって来て、私有化と市場経済の万能の功徳を説いた。ロシアがこんなに遅れたのは国有と計画経済のせいだ。市場経済になれば、腐敗も非能率も一掃され豊かな社会が到来すると楽天的ビジョンをふりまいたのである。共産主義末期のロシア人はよく「よどんで汚れ切った空気のようなロシア社会」と自嘲的に言っていたが、理想に燃える若者ほど、アメリカから来た市場経済の福音に飛びついた。<市場>はロシア新生のための<教会>だと皮肉る新聞もあったほど、彼らは市場によってロシアが浄化され、正直な社会が実現すると心から信じたのである。
結果は悲惨だった。腐った社会は何十倍も腐り、女性が夜一人で歩けたモスクワはニューヨークより危ない町になり、目先の利く旧特権階級とマフィアが富を独占した。アメリカはゴルバチョフとの約束を破り、東欧をNATOに入れて西側の勢力圏を拡大し、かつてアメリカを恐れさせたロシアは、旧ユーゴが内戦状態になっても何もできない国際的影響力ゼロの国に転落した。プーチンが登場したときのロシアは、崩壊し、屈辱の恨みを抱えた国だった。

それが今はどうだ。シリアのISイスラム国に対し何もできなかったアメリカと鮮やかな対照をなし、アサド大統領を救い、鎮圧の主導権を握った。世界に恐れられるロシアを取り戻したのである。
ウクライナに送り込んだロシア武装勢力がマレーシア航空旅客機を撃墜し、オランダ人ら298人が死亡、世界を震撼させる事件もあった。
最近ではイギリスで暮らす二重スパイ、セルゲイ・スクリパリとその娘の毒殺未遂。ノビチョクというエキゾティックな化学物質を使ったのはなぜ?唯一ソ連の1研究所だけが製造した薬品を使うのは犯行に署名をつけるようなものだ。個人的報復など凡庸な犯罪と混同されては困る。ロシアが国家としてやったのだと世界に誇示するためにことさら希有な毒物を使ったのである。ロシアの支配は国境を越え、ヨーロッパのど真ん中で裏切り者を処刑する実力があることを世界は思い知らされた。しかも事件が起きたのは大統領選挙直前。国威発揚にもっともふさわしいタイミングを選んだのだ。

ロシア正教はプーチン主義のバックボーン

なぜこれほど多くの政治指導者がプーチンに引きつけられるのか?それは<力>の礼賛だ。果断に力が行使され確かな効果(悪の力による存在感)をあげる巧妙さに魅惑される。ではなぜいま<力>なのか。
民主主義とはやっかいなもので、議会、政府、裁判所など意図的に権力を分散させる仕組みだから、効率が悪い。国民が不安・不信に陥っているときには分散したアモルファスな権力よりすっきり中央に集中した権力の方が頼りになる。
民主主義の根本は抽象的だ。人権、自由、その他憲法の抽象理念を信じなければ民主主義は成り立たない。これに対し、権威主義の根本は人間への忠誠だ。国民が不安・不信に陥っているとき、抽象より強い男への忠誠の方が分かりやすい。
民主主義は市民社会への信頼がなければ成り立たない。一人一人が自分の人生経験と知識に基づいて合理的な選択をして、社会が組み立てられてゆくと考える。他方プーチン主義は、シニカルだ。人民は臆病で騙されやすく利己的……。愚かな人民は偉大なリーダーに導かれなければならないと考える。不安と不信の時代には理想主義よりシニシズムに説得力がある。
つまり、プーチンの威信は、裏返してみれば民主主義不信であり、民主主義の機能不全が進むにつれプーチン主義の影響力は強大になるのだ。
オルブライト元国務長官はこう警告する。「第二次大戦以来、いまほどファシズムの脅威が深刻化したときはない。……もし、ファシズム復活のシナリオを書くとしたら、その第一章は、アメリカの道義的リーダーシップ放棄であろう。」トランプのプーチンへの屈服はファシズムへの確実な第一歩かもしれない。

(2018年6月29日)