Books|作曲家◎人と作品シリーズ シベリウス|小石かつら
神部智 著
音楽之友社
2017年12月出版
2300円(税別)
text by 小石かつら(Katsura Koishi)
シベリウスと言えばフィンランディア。フィンランドの文化と言えば、カレワラ。良く知る名前なのに、勝手なイメージとわずかな曲目しか知らない。たとえそれをすぐに口ずさめるとしても。フィンランドのことも、どれくらい知っているのか改めて考えれば、なにも知らないことに気づく。本書は、音楽之友社から順次出版されている作曲家伝記シリーズ「作曲家◎人と作品」の最新刊だ。平凡な伝記だと読み始めたら、読みにくいカタカナの羅列、初めて聞く人名ばかりでちょっと引き気味になる。その状況なのに、ぐいぐい読ませる。
まずは作曲家の生涯を、作品への関わりを軸にたどっていく。そこに、フィンランドの歴史と社会情勢の解説が過不足なく挟まれる。別の本で調べる必要はほとんどない。コンパクトに完結している手軽さだ。たとえば冒頭では、フィンランドには、フィンランド語を母語とするグループとスウェーデン語を母語とするグループがあることが説明される。そのなかで、シベリウスはスウェーデン語を母語とする存在であることが知らされる。スウェーデン語を母語とするグループの特徴と、フィンランド語を母語とするグループとの関わり。そしてフィンランドの歴史的経緯とロシアとの関係。ロシアからの抑圧で右傾化していく状況。作曲家をとりまく(政治的)雰囲気。
徹底的な調査と客観的な研究姿勢が全編を貫く。だからこそ、だろう。著者のシベリウスへの愛が、ひたひたと全編を満たしている。これが本当に心地よい。生身の人間としてのシベリウスが等身大で浮き彫りにされ、思わず応援したくなる。作曲にストレスを感じることが多かったこと。お酒におぼれたこと。妻アイノとの微妙な行き違い。どこででも作曲できた一方で、孤独への希求があったこと。独善的ともいえる身勝手な行動。著者の語り口は、フィンランド情勢および時代背景から、どうしてもナショナリズムとセットで語られがちなシベリウスを、ひとりの作曲家として描き続ける。この視点が、本書の特徴だと感じた。
本書は、シリーズの他の本と同様、生涯篇、作品篇、資料篇の三部構成である。生涯篇は当然ながら、最初から通して読む必要がある(圧倒的な引力で読まされてしまう)。作品篇と資料篇は、事典として利用できるものだ。日本語で読める決定版と言ってよい。なお、生涯篇においてさえ、とりわけ交響詩、交響曲に関しては、本質をえぐるような記述があり、著者の前著である『シベリウスの交響詩とその時代:神話と音楽をめぐる作曲家の冒険』(音楽之友社 2015)と合わせて読むと、とてもおもしろかった。(こちらは専門書のような雰囲気があるが、きわめて平易で読みやすい記述である。)
(2018/7/15)