ツィンマーマン:《白いバラ》~東京交響楽団 第660回定期演奏会|藤堂清

東京交響楽団第660回定期演奏会
ウド・ツィンマーマン:歌劇《白いバラ》
~2名の独唱者と15の器楽アンサンブルのための

2018年5月26日 サントリーホール
Reviewed by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
指揮:飯森範親
ソプラノ:角田祐子
バリトン:クリスティアン・ミードル
管弦楽:東京交響楽団

<曲目>
ヘンツェ:交響的侵略 ~マラトンの墓の上で~
——————–(休憩)———————-
~指揮者飯森範親によるトーク~
ウド・ツィンマーマン:歌劇《白いバラ》(演奏会形式/字幕付・日本初演)

 

20世紀後半に活躍した二人のドイツの作曲家の作品による定期演奏会。ツィンマーマンの歌劇《白いバラ》は日本初演である。演奏は指揮者のこの作品にかける思いが見事に結実したものと評価する。

「白いバラ」とは、第二次世界大戦中にナチスに抵抗運動を行ったグループの名前。その中心人物であったミュンヘン大学の学生ハンス・ショルとその妹ゾフィーがこのオペラの登場人物。非暴力的な反ナチ活動を展開した彼らを含む中核メンバーは、1943年に反逆罪で逮捕され、数日後の2月22日にギロチンで処刑された。

オペラは16曲で構成される。第1曲の〈私の目にひかりを!さもないと死の眠りについてしまう〉から、すでに処刑が決まり独房に閉じ込められているハンスとゾフィーが、それぞれの夢と絶望を歌うモノローグのように進行する。その中、互いに相手のことを思う場面で両者の声は交錯する。音楽には、無伴奏でセリフのみ、語るような歌、調性のはっきりとした歌、とさまざまな書法が使われている。抵抗運動というテーマを扱ってはいるものの、そのことを強く訴えるような歌詞はない。
管弦楽パートは、オリジナルは15人の器楽アンサンブル(弦楽5重奏、管楽器、打楽器、ピアノ、ハープ)だが、この日は指揮者の希望により、弦を小規模な弦楽合奏として演奏された。

二人のソリストはともに充実。
角田のハイ・ソプラノ、正確なピッチは、フルートと共鳴し弱声であっても会場全体に響く。また超高音でもあたたかい感触の声は耳にやさしい。コロラトゥーラのテクニックも盤石で、聴きごたえがあった。
ミードルはこの役を何度か歌ってきているという。第1曲冒頭の独白での言葉の扱いのうまさ、第3曲の〈撃つな!〉の強い口調。ハイバリトンの声は伸びがあり、歌う場面でも聴き手を惹きつける。

オーケストラも安定していた。もともとは室内オペラとして制作された曲であり、サントリーホールという大きな会場にそぐわない部分がでてくる可能性もあったが、弦の厚みが増したことで解消されていた。曲中で何度も現れる(ナチスをイメージさせる)行進曲が暴力的に歌手の言葉を圧していく、そのような場面でも演奏者を増やしたことは効果があった。一方、ピアノ単独、ハープ中心、あるいはフルートのみが歌に絡む場面など弱音が中心の音楽もあり、そこでの透明感は、別の趣き。

ゾフィーの「絞首刑で死ぬの?それともギロチン?」というセリフで、会場全体が暗転。
その後の大きな拍手にふさわしい熱演であった。

自らの信念に従い、抵抗運動に身を捧げたハンスとゾフィー、多くの時代、地域に彼らのような人々がいただろう。戦後ドイツ人は、「白いバラ」を「個」を大切にする出発点ととらえ、全体主義的な動きと対峙してきた。我が国ではどうだろうかと考えさせられる。

前半に演奏されたヘンツェの《交響的侵略 ~マラトンの墓の上で~》は、後半とは対照的な大編成、4管編成、ハープ、チェレスタ、ピアノ、多くの打楽器といったオーケストラのための作品。楽器間の受け渡しはひんぱんで、音色の変化は目立つが基本となるリズムは一貫している。2001年に初演された作品だが、1957年に書かれた音楽がベースになっている。ヘンツェの晩年の作品のような複雑さは感じられず、15分間駆け抜けていったよう。
しっかりとした演奏であったが、後半の《白いバラ》に圧倒され、印象が薄くなってしまった。

関連評:ツィンマーマン:《白いバラ》~東京交響楽団 第660回定期演奏会|藤原聡

(2018/6/15)