注目の1枚| MUSIC FOR PEACE|丘山万里子   

MUSIC FOR PEACE
Peter Serkin plays on Akiko’s piano 

text by 丘山万里子(Mariko Okayama 

<演奏>
ピーター・ゼルキン 

<曲目>
J.S.バッハ:
  コラール前奏曲「愛する御神に全てを委ね」BWV691
  ゴルドベルク変奏曲 BWV988から アリア
  2声のインベンション ハ長調 BWV772
  2声のインベンション イ短調 BWV784
  3声のシンフォニア ハ長調 BWV787
  3声のシンフォニア 変ホ長調 BWV791
  3声のシンフォニア へ短調 BWV795
  3声のシンフォニア ト短調 BWV797
  3声のシンフォニア イ長調 BWV798
W.A.モーツァルト:アダージョロ短調K.540
F.ショパン:ノクターン嬰ヘ長調op.15-2 (ピーター・ゼルキンのスマートフォンによる録音)(モノラル) <特別収録> 

録音:2017年8月4日@広島アステールプラザ
   アメリカ製ボールドウィン/アップライトピアノ(1926)
レーベル:KAJIMOTO KJ-26201 

私は録音を聴くのはあまり好まない。編集加工の上、再生装置次第で出てくる音は違うから。
けれど、このCDの最初の一音を聴いたとたん、あ、あの時の声だ、と思った。
明子さんの被爆ピアノだ。
4/15号のカデンツァに書いた、まさに、あのピアノの声が聴こえる。
弾いているのはピーター・ゼルキン。
その「不思議」な感触がまざまざとよみがえる。 

第1曲のバッハのコラール前奏曲『愛する御神に全てを委ね』の低音の、ボンボンと古時計が鳴っているような、でも柔らかくて優しい響き。これ1曲、ずっと鳴らし続けていてもいい。
窓を見やれば庭のモモの木。満開時は花ぼんぼりのようだったが、今は小さな若葉をふるふると風に震わせ、なおしがみつく残りの花を揺らしている。
ふるふる、ふるふる、それは『ゴルトベルク』のアリアのあちこちの装飾音です。
それから2声の『インベンション』が2つ。続いて3声の『シンフォニア』が5曲。いろいろな声が行き交う。低音はお父さん、中音はお母さん、高音は私。
子供の頃、そんな風に習った気がするけど、懐かしいね、この感じ。第7曲のヘ短調は、悲しいことがあったのか、うつむいて涙をため階段に座っている隣の家のあの子。
最後のイ長調のズンズンお腹に響く低音、たまらない。
繰り返し、繰り返し聴いていたい、古ぼけたセピア色のアルバムのページをめくるようなバッハだ。 

モーツァルトの静謐。この録音の3日前、すみだトリフォニーで弾いた(聴いた)。あの時、ジリジリした人でも、こちらには黙って目を閉じるだろう。ひたひた心の内奥に沁んでくる音楽。 

録音後、明子さんがショパン好きだったことを知ったゼルキンが急遽自分のスマホで録ったショパンが最後にモノラルで入っている。 

ゼルキンからのメッセージの一部を紹介する。 

この楽器は一見すると、シンシナティ製の、ありきたりのボールドウィン・アップライトピアノです。しかし驚くべきことに、その独特な「声質」は、1819世紀に作られていた古き良きピアノの音色を偲ばせます。それは歌心に富んだ、ぬくもりのある人間的な声なのです。明子さんのピアノの「歌声」は、私たちを癒し、さらには生きていることへの感謝の念を表現してくれます。 

私は仕事柄、また偏屈であるので、どんな趣旨であれ、何かを売るのに協力したいと思ってものを書いたことはない。
ただこのディスクは、ずっとそばに置きたい、多くの人が置いてくれたらいい、と考えたのでここに書いた。
何が聴こえ、何を受け取るかは、それぞれだ。

(2018/5/15)