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新国立劇場 細川俊夫/サシャ・ヴァルツ 松風(日本初演)|大河内文恵

新国立劇場 開場20周年記念公演 細川俊夫/サシャ・ヴァルツ 松風(日本初演)

2018年2月17・18日  新国立劇場オペラパレス
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi) GP

<演奏>
松風:イルゼ・エーレンス
村雨:シャルロッテ・ヘッレカント
旅の僧:グリゴリー・シュカルパ
須磨の浦人:萩原潤
ヴォーカルアンサンブル:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京交響楽団
ダンス:サシャ・ヴァルツ&ゲスツ
指揮:デディッド・ロバート・コールマン
演出・振付:サシャ・ヴァルツ
美術:ビア・マイヤー=シュリーヴァー
   塩田千春

 

新国立劇場開場20周年記念公演である『松風』の3日間公演のうち、2日目と3日目をみた。2日目は3階席、3日は1階席と同じ公演を異なる視点からみることができ、大変興味深かった。

幕があがると、ダンサーが1人出てきて踊り始める。音はない。え?音楽は?と戸惑っていると、4人のダンサーが登場し、二人一組で踊り始める。ようやくオーケストラが鳴り始めるが、音楽というより音。聞こえるのは風の音、波の音ばかり。入れ替わり立ち代わりダンサーが登場するが、音楽が始まる気配はない。これはオペラだったはずと不安になる頃、突然メロディーらしきものが聴こえたと思ったら、旅の僧が登場した。歌い手の登場をオーケストラが予告している。この手法は他の歌手の登場の際にもつかわれていた。

オペラにバレエが入っているというより、音楽と舞踏が不可分に結びついているこの様は、オペラとバレエがまだはっきりと分かれていなかった時代のバロック・オペラを思い起こさせる。もちろん、その当時のオペラの映像が残っているわけではないので、あくまでも想像なのだが。現代の最先端のオペラが、オペラの源流と繋がっていると考えると非常に示唆的である。

能の松風にしたがったストーリーが進んでいくと、ふと、本当に描きたかったのは、「大切な人を失った人はどうしたらよいのか、そして大切な人を失った人のことを知った人はどうすべきなのか」という問いではなかったかと浮かんだ。そこで思いだしたのは、このオペラの制作中に起きた東日本大震災である。「作品ノート」で細川は、「演出のプランを変えるべきではないのか、という討論を繰り返した。しかし結局、(中略)当初のプラン通りに行われることになった」と書いているが、たとえ変更がなかったとしても、やはり観る側にはそれが自然と伝わってくる。

歌い手としての登場人物4人のうち、松風と村雨は途中で明かされるように亡霊であり(それが明かされる場面の音楽がまた秀逸である)、旅の僧は旅人であり僧でありと二重の意味でこの世と異界とをつなぐ、細川いわく「橋」のような存在である。唯一普通の人間である須磨の浦人は、じつは自分のパートを歌い始めるまで合唱隊に混ざり込んでいて、その存在が隠されている。細川の音楽もヴァルツの演出も、この世ならざるものをよく描いていて、見ている自分がこの世にいるのかあの世にいるのかわからなくなる瞬間があった。

最も驚いたのは、松風のエーレンスと村雨のヘッレカントの動きである。彼女らは終始ダンサーと同じレベルで動いており、誰が歌手で誰がダンサーか見分けがつかない。17日のアフタートークで、歌手はダンスの特別レッスンを受けたのかという質問がなされたが、ヴァルツの答えはNOであった。もちろん、ダンサーと同じ動きをするという前提でオファーを受けているという時点で覚悟はあっただろうが、腰だけを支えられて横向きに宙に浮いたままという、まるでアイスダンスのリフトのような姿勢のまま歌うなど、通常では考えられない状況を軽々とこなす彼女らには、かつて、こんなに動けるオペラ歌手がいただろうかと、ただただ驚嘆するばかりであった。

最後に2回見たことによって気づいたことを記しておこう。最初に3階席で俯瞰的にみたときには、ダンサーの動きの軌跡がよく見えた。その軌跡はピナ・バウシュを強く思い起こさせた。1階席では軌跡が見えないので、ピナ・バウシュっぽさはわからない。その代わり、指先や足先の細かいところまでよく見えるので、こんなに細かい演出がついていたのかと目から鱗が何枚も落ちた。すでに1回見ていてストーリーが頭に入っているため、細かいところまで目が届いたということはあると思うが、1回目と2回目では座席の位置による差だけでなく、さまざまな異なる印象をもった。おそらく3回目をみたら、また新たな発見があることと思う。

今回日本初演されたこのオペラは、すでに欧州や香港などで上演されており、場所によっては再演もされているが、サシャ・ヴァルツ演出のこのバージョンが一番多く上演されている。おそらくこれが完成版ということなのだろうと思う。2度見てもまだ見きれないほど、情報量の非常に多い舞台だった。再演を強く望みたい。

関連評:新国立劇場 細川俊夫/サシャ・ヴァルツ 《松風》|藤堂清

(2018/3/15)