東京フィルハーモニー交響楽団 第899回サントリー定期シリーズ|齋藤俊夫
東京フィルハーモニー交響楽団 第899回サントリー定期シリーズ
2017年12月5日 サントリーホール
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by 林喜代種 (Kiyotane Hayashi)/12/7撮影
<演奏>
指揮:伊藤翔
ピアノ:小山実稚恵(*)
東京フィルハーモニー交響楽団
<曲目>
ドミトリー・ボリーソヴィチ・カバレフスキー:歌劇『コラ・ブルニョン』序曲
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番変ロ短調(*)
(アンコール)セルゲイ・ラフマニノフ:『前奏曲』作品32から12番
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー:交響曲第4番ヘ短調
今回の指揮者、伊藤翔は2016年第1回ニーノ・ロータ国際指揮コンクール第1位に入賞した注目の若手指揮者。筆者の体験では今年9月のサントリー・サマー・フェスティバルの室内楽特集で松村禎三と芥川也寸志を見事に振ってみせたのが印象に残っている。それではシンフォニー・コンサートでその実力を改めて確認させてもらおうと足を運んだ。
そして最初のカバレフスキーの時点で驚かされた。なんと明朗快活な!オーケストラ全体のリズムが完璧に揃っており、アクセント1音1音が明確に弾き分けられ、シンコペーションも「転ぶ」ことがない。オーケストレーションも音の解像度が極めて高く、各楽器の音色が鮮明に色分けされて耳に届く。華やかさを保ったままフィナーレに向かって自然に加速し、圧倒的な迫力で締めくくられた。
ピアノに小山実稚恵を迎えたチャイコフスキーの『ピアノ協奏曲第1番』、これもまた素晴らしかった。オーケストラもソロピアノもフォルテシモで喚き立てるようなありがちな解釈とは正反対、チャイコフスキーの旋律美を朗々と歌い上げる。伊藤のデュナーミクの計算が完璧ゆえ、一度絞られた音量からクレシェンドする、また一度昂ぶった音量からデクレシェンドする、そのプロセスの息がとても長く、滑らかで自然。小山のピアノはこの曲の醍醐味であるフォルテシモをおろそかにすることは決してしないが、しかし弱音の部分は協奏曲ではなく独奏曲のように甘く繊細に奏でる。第2楽章の儚い夢のようなオーケストラ、ピアノ双方の調べの美しさは筆舌に尽くし難い。
第3楽章ではピアノもオーケストラもグッと硬質な音になるが、やはり緩急、強弱の弾き分けが絶妙。最後はオーケストラと小山がぴったりと息の合った怒涛のクレシェンドで痛快至極のフィニッシュを決めてくれた。
アンコールのラフマニノフもまた神秘的でたおやかな調べ。小山にとっても今回のステージは会心の出来だったのではないだろうか。
メインのチャイコフスキー『交響曲第4番』。第1楽章冒頭の「宿命のファンファーレ」の後の弦楽器の悲愴な旋律の美しさよ。そしてそこからつややかなレガートを保ちつつデュナーミクの波を作り上げていき、フォルテシモで激情がほとばしる!第2楽章はまずオーボエソロが絶品。また内声や管楽器のオブリガートや低弦の音がよく聴こえ、それぞれの音からテクスチュアが繊細に編み上げられる。第3楽章のピチカートは相当な速度なのに一糸乱れることがない。そして第4楽章は何をか言わんや。圧倒的なスピード感とデュナーミクによる怒涛のアレグロだが、全く粗い所がない。第1楽章冒頭の「宿命のファンファーレ」が再現される箇所を頂点とした音楽設計にも一分の隙もなし。宿命のファンファーレの後はこれぞチャイコフスキーと言わんばかりの大歓喜の音楽。ブラボー!
伊藤翔に俄然惚れ込んで、もしかすると日本のショルティになりうる逸材と出会ったのかもしれないなどと考えつつ、いささか頬を熱くして帰路についた。
(2018/1/15)