ウェールズ弦楽四重奏団|谷口昭弘
2017年10月29日 第一生命ホール
Reviewed by 谷口昭弘 (Akihiro Taniguchi)
写真提供:トリトン・アーツ・ネットワーク
<演奏>
ウェールズ弦楽四重奏団
﨑谷直人/三原久遠(ヴァイオリン)、横溝耕一(ヴィオラ)、富岡廉太郎(チェロ)
<曲目>
ハイドン:弦楽四重奏曲 第41番 ト長調 Op.33-5 Hob.Ⅲ:41
ベルク:弦楽四重奏曲 Op.3
(休憩)
シューベルト:弦楽四重奏曲 第14番 ニ短調 D810 《死と乙女》
(アンコール)
ハイドン:弦楽四重奏曲第1番 変ロ長調 Op.1-1《狩》より第3楽章
いま振り返って考えてみると、この公演はシューベルトを中心に据えつつ、弦楽四重奏曲をジャンルとして確立したハイドン、そしてベートーヴェンやシューベルトらを通して展開したこの音楽の後の両方を味わう興味深いプログラムで、この編成の妙技と演奏者の実力を体感する良い機会だった。
意表を突いた冒頭の開始から遊び心あるハイドンの弦楽四重奏曲は、交響曲作家として鳴らしたハイドンらしいシンフォニックな側面を保ちつつ、細部の展開や終わらせ方まで油断せず聴く楽しさを味わわせた。とはいえハイドンは単なる軽妙な面白さで終わる作曲家ではないことは第2楽章で明らか。こぼれ落ちる涙のしずくを﨑谷直人が繊細に聴かせ、それを膨らみのある和声の支えで聴かせた。リズムの妙による戯れは第3楽章。エステルハージで宮殿の内外から様々な音楽を吸収していたことを想起させる緩急自在な語りかけだった。変奏曲の第4楽章は、主題を上手に崩すハイドンの作曲技術、内声部の遊び、舞曲風の賑やかさを聴かせた。
ベルクの弦楽四重奏曲は濃密な奏者どうしの対話、沈黙と音の間を行き交う展開だった。対位法的な展開の部分では一人ひとりの貢献度も高まる。解きほぐせない線の絡みやテンポの揺らぎ、息遣いの細やかなやりとりが続き、時折豊かな歌も聴こえてきた。第2楽章では深化するまどろみと、光を得んとしてこれに抗する意志との綱の引き合い。様々に立ち現れる楽想が音楽を前進させていった。
メインのシューベルトは、突き放したような開放弦の音からスリリングな展開へ。ゼクエンツが音楽を立体的にする。展開部における間断なき転調とテクスチャーのドラマも堪能した。反復音型はシューベルトの交響曲にも使われるが、立ち止まって考え、はっとさせられる瞬間は、やはり室内楽曲ならではと改めて思わされた。
静謐な第2楽章の冒頭は、注意しないとすぐ壊れてしまいそうなクリスタルの輝き。しかし後半はぐっと盛り上がる。富岡廉太郎のチェロと渾然一体のアンサンブルによる朗々とした歌い込みや、祈りに昇華された最後が特に印象に残った。
ベートーヴェンを容易に想起させる嵐と澄み切ったトリオによる第3楽章につづき、第4楽章は地についた確かな流れ。全曲を締めくくる饗宴の興奮と親密なタランテラによるドラマのバランス感覚に注目させられた。大きなコーダが最後にあるとはいえ、楽章全体をどう扱うかというのは案外難しく、前楽章までの流れを有機的に振り返りつつ、冒頭からの威厳を保ったアンサンブルに、彼らの実力を見た。
アンコールに演奏されたハイドンの透き通った音と丁寧な音作りに触れ、またこの演奏家で何かを聴いてみたい気分になった。