ウィーン・ムジークフェスト 2017 ルドルフ・ブッフビンダー|大田美佐子
ウィーン・ムジークフェスト 2017 ルドルフ・ブッフビンダー
vol.3 コンツェルト
22017年9月25日 いずみホール
Reviewed by 大田美佐子(Misako Ohta)
Photos by 樋川智昭/写真提供:いずみホール
<演奏・出演>
ルドルフ・ブッフビンダー (ピアノ)
小栗まち絵 (ヴァイオリン)
タマーシュ・ヴァルガ (チェロ)
いずみシンフォニエッタ大阪
<曲目>
ベートーヴェン ピアノ協奏曲 第1番ハ長調 作品15
-休憩-
ベートーヴェン ピアノ、ヴァイオリン、チェロのための協奏曲 ハ長調 作品56
大阪のいずみホールで久しぶりにルドルフ・ブッフビンダーを聴いた。ウィーン楽友協会提携というこのムジークフェストは、いずみホール主催の企画で、一日目はピアノのソロリサイタルでモーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト。二日目はウィーン・フィルのアルベナ・ダナイローヴァとタマーシュ・ヴァルガとの共演でピアノ・トリオを演奏。そして三日目の今回は、コンチェルトプログラム。特に耳慣れた名曲とは別の観点からベートーヴェンに出会うという意味で、ブッフビンダー好みという感じがした。
今回の共演オーケストラ、いずみシンフォニエッタが舞台に現れると、一見して舞台上の光が違う。そういえば、ソリスト集団でもあるいずみシンフォニエッタでは、女性は黒ではなく、カラフルで個性的なドレスで登場する。ウィーン・フィルももちろん個々に活動をするソリストの技量をもつ集団だが、固定の管弦楽団の同質性は別ものである。ウィーンのレパートリーならメンバーの身体に染み付いているので指揮者は不要(?)というウィーン・フィルとはひと味違う、個性際立ついずみシンフォニエッタとの共演はかなり挑戦的ではないか。つまり、ソリスト集団であるいずみシンフォニエッタをまとめることの難しさは容易に想像できた。
しかし、結果的に、ソリストとして弾き振りをするブッフビンダーが、丹念に紡がれる対話の豊かさを作り出し、音楽そのものの流れをひきしめ、歌を響かせる楽しさに溢れたハ長調のベートーヴェンの夕べとなった。
特に第1番の『ピアノ協奏曲』は、ピアノというソロ楽器のパレットとしてオケの響きが存在するよりも、むしろ指揮者の役割を通して「音楽家」ブッフビンダーの魅力にあふれた展開が聴かれた。無論、ウィーンの滑らかで軽やかなピアニズムの粋を尽くしたカデンツァはもとより、特に2楽章のクラリネットとピアノのソロの掛け合いが、このうえなく美しく心に響いた。そして、この日のハイライトともいえる3楽章の凛とした躍動感溢れる演奏は、やはり阿吽の呼吸の中から調和的に生み出されるものではなく、慎重に息を合わせつつ、「異質」なものとの深い対話の中から出てくる輪舞のリズムの力強い輝きがあった。
後半の『三重協奏曲』は、独奏楽器をまとめる手腕でなかなかチャレンジングな作品と言われているが、特にブッフビンダーの指揮者としてのバランス感覚が発揮されたといえるかもしれない。3楽章の小栗まち絵の硬質な輝きをもつヴァイオリンと、タマーシュ・ヴァルガの伸びやかで深いチェロとの対話は、登場人物を思わせる声のキャラクターが鮮明に浮かび上がるような個性的な展開に感じられ、三重協奏曲の面白さが新鮮に伝わってきた。
いずみホールといえば、ホールの建築や演奏会の企画を通して、長年にわたり「ウィーン」的なるものを追い求めてきた歴史がある。本場楽友協会ホールを目指した音響、奥行きの長いホール、天井の美しいシャンデリアに、華美でない、ビーダーマイアーを思わせる木目の建築は、ウィーンが醸成してきた落ち着いた音楽堂の趣きがある。ウィーンの音楽の歴史は深いが、ウィーンの音楽は博物館にはない。いずみシンフォニエッタとの共演は、ブッフビンダーが表現するウィーン的なるものを通して、異質な物と対話し展開する音楽の豊かさを感じさせた。