カデンツァ|唐招提寺のトルソ|丘山万里子

唐招提寺のトルソ

text by 丘山万里子(Mariko Okayama)

5月末から数日間、所用で京都に滞在した。用件の合間をぬって、久しぶりに奈良の唐招提寺に行った。このところの異常な暑さで、午前10時というのに日差しが強く、金堂は参道の白の玉砂利と両側の濃緑に冴え冴えと映え、修学旅行生の一団が二手に群れていた。
私が初めてここに来たのも、高校の修学旅行。天平様式の美しいラインと、とりわけ8本のエンタシス列柱の吹き放ちは強く心に刻まれた。
その後、ギリシャに旅して、抜けるような青空の下の白亜のパルテノン神殿に身を置いた時、西から東へ、はるかな歴史の「道」とそこに通う「風」を肌に感じたのだった。

私は唐招提寺の凛とした清冽な佇まいが好きで、さして中は覗かず、いつもお堂を遠くから眺めたり、周りをぶらぶら歩き回ったりして、その空気を吸って満足する。広い境内に散在する建築群や木立の全体が、バッハの音楽のように鳴るのだ。
今回も、一番奥にある鑑真大和上の像(御身代り像で、しかもガラスケースにおさまっている。6/5~7特別開扉)もさっとお参りしただけで済ませた。
けれど、横道を入ったところに新宝蔵という建物があるのに気付き、あれ、ここは今まで見なかったな(コンクリート造りの外観というだけで通り過ぎていたようだ)と思い、入ってみた。
そこで私は一体の、頭部と両手先の欠落した立像に吸い寄せられたのである。横にはやはり手先の欠けた菩薩や観音像などが並んでいたけれど、それらとは別格の「美、ここに極まれり」とでも言った圧倒的な存在感。
何より、全体の姿形が豊潤(豊麗と言うよりしっとり感がある)で、均整がとれ、素晴らしく優美だ。肩、胸のやわらかな質感、衣文の流れるような曲線の滑らかなリズム。
見とれた。

京都への帰路の電車に揺られ、考えた。
あの欠落。とりわけ、お顔が「無い」ことで、むしろ「十全」という確かな実感。
この欠落がなかったら、こうまで惹きつけられたろうか。
あの「完全さ」は、何なのだろう。

帰宅して、その立像が「唐招提寺のトルソ」と呼ばれる有名な如来形立像であったと知る。そうだったんだ・・・。8世紀後半から9世紀の作、ほぼ等身大のカヤ材の一木彫成像。衣文は飜波紋式衣文(はんぱもんしきえもん)。
それにしても。
私は立像を前に、欠落部分、お顔を想像する、とか、思い描いてみる、とか、そんなことは一切しなかった。そこにある「空(くう)」は、そのままで満ちていた。いや、違う。満ちていた、と言うのでなく。「無い」からこそすべてが「生きていた」というべき。

どこかで、似たような立像を見たな、古代ギリシャのだった気がする、ルーブルだったか、それともアテネの国立博物館だったか。
書棚から、旅先で求めたアテネとルーブルのカタログ本を引っ張り出してページをめくる。
アテネ、違うな、ここじゃない。ルーブル?・・・あった!ギリシャ・ローマ古美術品のところ。『サモス島のヘーラー』(ギリシャ/前6世紀後半)とある。
やはり頭部がなく、片手が欠けている。でも立ち姿はすっくとして、直線と曲線の混在が絶妙だ。これこれ。いいなあ、と思って、立ち止まったっけ。でもこの時は、欠落の美、とまで考えなかった。素朴でシンプルな美しさに惹かれた。
説明を見ると、「『サモス島のヘーラー』はその円筒形にメソポタミアの影響の跡をとどめており、やわらかな肉付け、たいそうなだらかな体の線、人知れず内奥で息づいているようにみえる生命、衣装の軽やかさ、それに衣文の優美さは、おそらくゼウスの妻をあらわしたに相違ないーー」こちらは大理石で192センチ。(古来、彫像の頭部欠損については文化破壊パターンの本質的な問題だが、ここでは触れない)

それから私はロダンが「トルソ」(イタリア語で木の幹)を、欠けたもの、でなく、完成したもの、として創作したこと、それを古代芸術から学んだことを思い出した。
で、高村光太郎訳『ロダンの言葉抄』を読み始めた。すると。
<ルーブルで「ヘラ」の古彫刻の前で>とあるではないか。まさに私が見たサモス島のだ(この彫刻のちゃんとした名前は『ケラミエスの作品群のコレー』)。
——この背中は実にいい。何でもないと人は思うでしょう。しかしこれがすべてです。肉づけが確っかりしていてしかもしなやかで、包まれていて、調和がある。芸術には突飛な努力があってはなりません。自然にそういうものはない。——彼らは信じていた。彼の人たちは信仰を持っていた。そしてそのことが彼らに何もかもを与えた。力と優美と!——芸術は、若く、静かで、輝いているべきです。」
ロダンは自然にこそすべてがある、だから「見よ。よく見よ。」と言った。まあ、優れた芸術家は皆、そう言うけれど。

<古代芸術の教訓>という章にはこんな言葉があった。
「これは手です。大理石の手です。ある道具屋で見つけたものですが、これは壊れています。指がまるで無くて手の甲だけです。しかるにこれが実に本当なので、これを生きたものとして見るに指がまるで必要ないのです。切断されていても、やはり充分なのです。本当だからです。」
彼の「トルソ」は、ここから生まれた。
「美の一片は美の全体である。」

壊れているが、実に本当なので、生きたものとして見るに、壊れた部分は不要だ、というロダンの眼は、私の唐招提寺のトルソを見る眼と同じだろうか。
いや、私は壊れているが、でなく、壊れているがゆえに、かえって美しい、と思ったのだ。その美の実体、「実に本当」なのは何なのだ?

それから手近にあった高村光太郎の『美について』という古本を開いた。
<天平彫刻の技法について>の章で、彼は唐招提寺の木彫群に、新たな丸鑿(従来は平鑿)という利器の活用によって生まれた流麗豊満な美を指摘している。あの如来の曲線の優美もここから来たのだろうか。
また、仏工(と高村は書いている、仏師でなく)たちが、「仏の清浄と、霊妙と、ただこの世ならぬ絶対境の至上精霊の具顕とのみに魂を打ち込んで」彫刻を彫刻物とのみ考える瞬間を持たなかったに違いない、とも。
そうして、鑑真像を「日夜大和上に随従していた者の作と確かにうなずける彫刻的な自然さがあり、このつつましい、寂しい、しかも深い、そしてあたたかい高僧の魂がそのまま姿となってあらわれたような美しさがある。」
私は我が眼のフシ穴をいたく恥じた。
ガラス箱の模像をしみじみ見る気にならなかったのは仕方あるまい。が、如来のトルソもまた仏工の仏へのひたすらな帰依の心、魂の技と思い至らず、ただ立像としてのみ眺めた我がまなこ。

ロダンはサモス島の古彫刻に古代人の信仰を見た。如来のトルソもまた信仰のなせるもの。
だが、我がフシ穴は、そういう領域に感応せず、あくまで「ない、から美しい」。そうとしか思わなかったのだ。

ちなみに私はパリのロダン美術館で、一番うっとり眺めたのは『接吻』と『永遠の偶像』。男女の愛の姿態に恍惚とした。絵葉書まで買った。それと、『カテドラル』。二つの手がからみあっていて、これはレプリカが書棚に置いてある。
何かの拍子に落として指が1本欠けたのを接着剤でくっつけて飾ってある。
『アデルのトルソ』は一瞥、素通りしたが、いつだか、上野の国立西洋美術館で『小さなトルソ』を見たときは「まさに実存だな」などとつぶやいたものだ。

といったふうに、私の眼はいたってちゃらんぽらん。
如来のトルソとロダンのトルソの間にあるもの・・・あったけれど、もうないものを宿して在る美と、最初から削ぎ落とされた実存によって息づいている美と。
理屈はどうでも。
「美の一片は美の全体である。」
これに尽きるのか。

あれこれ思い巡らしつつ、時は経ち。
ふと、余情、という言葉が浮かんだ。
あったけれど、今はもうない、失われたものの「空」とそれを受ける「有」の、あるがままのすべてからひたひたと沁(し)んでくる余情。時空の波。
月光の下で見たら、ラフマニノフの『ヴォカリーズ』(先日、山崎伸子のチェロで聴いたばかり)が聞こえてくるような、如来形立像。