クレメンス・ハーゲン&河村尚子 デュオ・リサイタル|谷口昭弘
2017年1月9日 神奈川県立音楽堂
Reviewed by 谷口昭弘(Akihiro Taniguchi)
Photos by 青柳聡/写真提供:神奈川県立音楽堂
<演奏>
クレメンス・ハーゲン(チェロ)
河村尚子(ピアノ)
<曲目>
シューマン:5つの民謡風の小品 Op. 102
ベートーヴェン:ピアノとチェロのためのソナタ第2番ト短調 Op. 5-2
(休憩)
ラフマニノフ:ピアノとチェロのためのソナタト短調 Op. 19
(アンコール)
フランク:チェロ・ソナタイ長調(原曲ヴァイオリン・ソナタ)より第1楽章 アレグレット・ベン・モデラート
ショスタコーヴィチ:チェロ・ソナタニ短調より第2楽章 アレグロ
シューマンの《5つの民謡風の小品》は、冒頭こそ、ハーゲンの控えめで優しい語り口を思わせたが、やがて少しずつ盛り上がると、民俗的味わいを醸す特徴的なアクセントを随所に効かせ、きりっと音楽を引き締めた。第2曲では透明で混じり気のない繊細さを聴かせつつ、第4曲では楽器をふくよかに響かせ行進曲風の力強さと叙情的な中間部を奏でていった。
ベートーヴェンのチェロ・ソナタ第2番では、序奏からセンセーショナリズムに走らない真摯さを醸しながら、第1主題に入るとハーゲンのチェロが大胆に、そしておおらかに歌い出す。しかし第2主題では河村のピアノが光り輝き、バランスの変化を明確に提示。対話や寄り添いの中で旋律の行き来する展開部を経て、再現部は次の楽章へとつながる熱を余韻として残した。
第2楽章は音が溢れる様が麗しく、弱音の美しさが際立つ。ただ終盤に向けての流れの中には、成熟した解釈の中にもベートーヴェンらしい激しさが表出されていた。
休憩を挟んで演奏されたラフマニノフのチェロ・ソナタでは、旋律美にぐっと食い込むハーゲンの本領を第1楽章冒頭から発揮しつつ、河村との密なやりとりを織り込みながら隙のない展開で進めていく。決然とした響きで迫る第2楽章では、河村がキリッとしたリズムで基礎を支え、トリオでは息の長い旋律をハーゲンは積極的に踏み込んで鳴らしていく。
第3楽章はラフマニノフの甘美な歌にただ沈んでいくのではなく、そこに込められた抑えきれない情感が止めどなく流れており、楽章全体を見越した構成力を感じさせた。最終楽章冒頭ではベートーヴェンにはない重く太い喜びの歌が次第に深まっていく。 しかしその流れは停滞することなく、最後はさらなる音楽の冒険を予知させる若々しいフィナーレへとつながっていった。
アンコールに入ると、これまたここまで演奏された曲とは違って、透明で細く、軽やかにフランクにアプローチしつつ、湧き出る表現の力強さには全く無理や無駄というものを感じさせない。またショスタコーヴィチではハーゲンの洗練された美意識を決して手放すことなく、 邪悪で粗野な感覚をそこにあえて盛り込むなど、チェロが持つ楽器表現の可能性を、次々と、最後まで見せつけていった。