ユリアン・プレガルディエン&鈴木優人|藤堂清   

ユリアン・プレガルディエン&鈴木優人 
シューベルト 歌曲集 《冬の旅》 

2017年1月11日 紀尾井ホール 
Reviewed by 藤堂 清(Kiyoshi  Tohdoh) 
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi) 

<演奏>
ユリアン・プレガルディエン(テノール)
鈴木優人(フォルテピアノ)

【フォルテピアノは、ヨハン・ゲオルク・グレーバー(インスブルック、1820年製作)のオリジナル楽器を使用】

<曲目>
シューベルト:歌曲集 《冬の旅》

 

ユリアン・プレガルディエンと鈴木優人、ともに30代の二人によるシューベルトの《冬の旅》。多くの点で興味深い演奏で、これからのリート・リサイタルのあり方に一石を投じるものであった。

ユリアン(父であるクリストフ・プレガルディエンと区別するため、以下このように記載する)の歌は、フィッシャー=ディースカウが確立した、歌詞を明確に伝えるという方法を受け継ぐもので、一つ一つの言葉がはっきりと聞きとれる。さらに詩や音楽の流れに沿って、テンポやリズムをこまかく変化させ、表情付けを行うことも、近年の演奏ではよく行われてきた。クリストフのようなバリトナルな響きではなく、テノールらしい明るい音色、若々しい声も魅力である。

ピアノ・パートに、モダン・ピアノではなくフォルテピアノを用いることは、クリストフ・プレガルディエンとアンドレアス・シュタイアーによるシューベルト歌曲の録音でも行われている。モダン・ピアノのように一様な響きではなく、またダイナミック・レンジの幅も狭いフォルテピアノであるが、この楽器特有のペダルによる多様な音色には異なる魅力がある。さらに、「モダン・ピアノでは、歌手に配慮しダイナミクスを抑えることが必要となるが、フォルテピアノを利用する場合は、楽譜の指示に従って弾いても歌手の歌を邪魔することがない。」というシュタイアーの言葉に、鈴木優人も賛同するだろう。

ユリアンは、楽譜どおりではない変更を加えていた。
異なる歌詞を同じ旋律で歌う曲の場合、装飾音を加えることで単純な繰り返しとならないようにしていた。この点に関しては、父、クリストフ・プレガルディエンが《美しい水車小屋の娘》で行っている(昨年のリサイタル評)。

ユリアンは何点かで、歌詞にも変更を加えていた。長くなるが例を挙げておこう。
第1曲の<おやすみ>の最後の節の以下の部分、同じ歌詞を二度繰り返して歌う。

Schreib’ im Vorübergehen
Ans Tor dir: gute Nacht,
Damit du mögest sehen,
An dich hab’ ich gedacht.

彼は、以下のように歌った。

Ich schreibe nur im gehen
Ans Tor dir: gute Nacht.
Damit du mögest sehen,
Ich hab’ an dich gedacht.

その繰り返しでは、

Schreib’ im Vorübergehen
Ans Tor noch gute Nacht,
Damit du mögest sehen,
Ich hab’ an dich gedacht.

意味的には大きな違いはないのだが、聴感上はかなり差がある。

このような試みに、彼はどのような意味を見出しているのだろう?
ユリアンは、P.Rheiというサイトを通じ、二年間にわたり、Winterreise Edition Projectを進めてきている。そこで《冬の旅》の演奏方法と解釈の歴史に取り組み、3種類のCDを発表している。
一つ目は詩の朗読(ロッテ・レーマンによる)、二つ目はハンス・ツェンダーの「創造的編曲」、そして三つめは「歴史的考証に基づく《冬の旅》」である。
ツェンダーの「作品」では、ピアノ・パートを室内オーケストラに担当させ、さらに「歌詞の途中で飛ぶこと、何度も繰り返すこと、同じ個所を異なる読み方で読んで比べること。」など、大胆な変化が加えられている。
ユリアンのプロジェクトの重要な成果は、《冬の旅》をはじめとする連作歌曲集はシューベルトの死後数十年たっても音楽的存在感が薄かったことの指摘だろう。ユリウスとミヒャエル・ゲースの二人は、1862年にバリトンのユリウス・シュトックハウゼンとクララ・シューマンがハンブルクで開催したコンサートを再現すべく、歌曲と歌曲の間にJ.S.バッハ、スカルラッティ、メンデルスゾーンのピアノ曲やピアニストの即興をはさんだ。歌に関しても、18世紀に行われていたような装飾音により、観客を飽きさせない工夫がなされただろう。

シューベルトが生きた時代のフォルテピアノを用いたこの日のコンサートは、作曲された時代の響きに迫るという点で、ユリアンのこれまでの活動とは別の意義があったと考えられる。
第一部の12曲の後、舞台に残ったまましばらく時間をおき、第二部の<郵便馬車>を歌い出した。そこからは曲間をあまり開けずに歌っていった。
最後の<辻音楽師>、ファゴット・ペダルを用いたかすれたような音、モダン・ピアノでは出せないもので、強く印象に残った。終わりの言葉、”Deine Leier drehn?”を強く歌っていたのは、主人公の若者が今後への希望を持っていることを示したかったのであろう。

時代によって音楽の受け止められ方は一様ではない。
歌曲、特に連作歌曲集だけでコンサートが行われるようになったのはそれほど古い時代からではない。ユリアンの活動、歌唱は、家庭からサロン、そしてコンサートホールといった場所や、シューベルトの時代から現代に至る再創造といった、時代を超える拡がりを感じさせた。
他の歌手による弦楽四重奏版、管楽アンサンブル版といった試みとも、軌を一にしたもの。こういった多様な演奏が聴けるようになったことはうれしい。

関連評:シューベルト—こころの奥へ(いずみホール)