Back Stage|特別客演指揮者ミハイル・プレトニョフが紡ぐ人生の旅路|伊藤 唯   

特別客演指揮者ミハイル・プレトニョフが紡ぐ人生の旅路 

text by 伊藤 唯 (Yui Ito) 

1911年創立の東京フィルハーモニー交響楽団は、今年で創立105年を迎えました。

東京フィル特別客演指揮者ミハイル・プレトニョフ ©上野隆文

東京フィル特別客演指揮者ミハイル・プレトニョフ
©上野隆文

現在は、アジアが生んだ世界的巨匠チョン・ミョンフンを名誉音楽監督に擁し、この10月には1987年ヴェローナ生まれのアンドレア・バッティストーニが首席指揮者に就任。そして、ピアニストや作曲家としても活躍し世界から尊敬を集めるミハイル・プレトニョフは、指揮者としては2003年に東京フィルと初共演。以来関係を深め、2015年4月特別客演指揮者に就任、定期的な共演を重ねています。

2016-17シーズンはこれら3人の指揮者と共に『ペール・ギュント』(4月、プレトニョフ指揮)、『蝶々夫人』(7月、チョン・ミョンフン指揮)、『イリス』(10月、バッティストーニ指揮)と、「劇音楽」や「オペラ演奏会形式」を中心に据えて実り豊かな1年を過ごしてきました。
来る2017-18シーズンも、この3人の世界的な指揮者を中心に、芸術的価値を追求しつつ、数多くのお客様にご来場いただけるコンサートプログラムを企画しています。

2017年2月の定期演奏会には、特別客演指揮者ミハイル・プレトニョフが登場。プレトニョフと東京フィルは今年4月に、グリーグの劇音楽『ペール・ギュント』全曲演奏で「作品の真価を知らしめた」と高く評価いただきました。今回はロシア・ソ連時代に活躍した二人の大作曲家、プロコフィエフとストラヴィンスキーの作品を取り上げます。ロシアの民俗的・民話的な要素と現代的なセンスがそれぞれの作曲家の手腕で絶妙にミックスされた、きわめて魅力的な作品群ですが、眺めてみると面白いことに気がつきます。

ストラヴィンスキー『ロシア風スケルツォ』は当初、ロシア映画のために作曲されたものの映画が実現しなかったために作曲家自身がジャズ・バンドのために書き直したもの。プロコフィエフ『協奏的交響曲(チェロ協奏曲第2番)作品125』は、1938年に作曲された『チェロ協奏曲第1番 作品58』を改作し、最晩年の1952年に発表されたもの。ストラヴィンスキーのバレエ組曲『火の鳥』(1945年版)は、1910年に発表されたバレエ作品から複数編み出された組曲版のうち最後に発表されたもの。つまり、どれも作曲家自身による改訂によって生まれた作品、「作曲家が過去の自分と向き合う」ことでできあがった作品です。
今年4月、グリーグ『ペール・ギュント』全曲を取り上げた際、マエストロはインタビューで「イプセンが描いているのはまさに人生そのものです。生きることの意味を問いかけている。若い頃、母の死、その後のこと。誰もがプロジェクターを見るように自分の人生を振り返ることでしょう」と話しました。マエストロ自身がこの作品に人生を見出し、自身の人生を振り返る瞬間があったのだろうと思わされる一言でした。

人は新しい自分へとその一歩を踏み出すとき、過去の自分と向き合ってその歩みを確かめたくなる瞬間が訪れるもの。人生が永遠にも思えていた若い時代を経て、平坦ではない道を辿るなかで手に入れた新しい自分と、過去の自分とが出会いなおすことで生まれる、新しく、しかも間違いなく自分自身にしか生み出し得ない、代替不可能な創造の輝き。プレトニョフは時折「年をとった」と呟きます。決してネガティブな発言には思われません。マエストロ自身が、人生の新しい局面に踏み込んでいるという思いがあるように、思えるのです。

2016年4月定期演奏会『ペール・ギュント』(全曲)リハーサルで、ソプラノのベリト・ゾルセットとプレトニョフ ©上野隆文

2016年4月定期演奏会『ペール・ギュント』(全曲)
リハーサルで、ソプラノのベリト・ゾルセットとプレトニョフ
©上野隆文

ロシアにみずからの手でオーケストラ(ロシア・ナショナル管弦楽団)を創設し、現在も芸術監督を務め、その演奏は愛好家だけでなく音楽家からも熱烈な支持と尊敬を受けているプレトニョフ。どこか人を寄せつけない雰囲気さえ纏っているにもかかわらず、共演者への気遣いや物腰はあたたかく包容力に満ちたものです。昨年10月の演奏会形式オペラ『不死身のカッシェイ』では来日したロシア人歌手たちに日本での過ごし方をレクチャーする姿が、今年4月の『ペール・ギュント』では語りをつとめた石丸幹二に「喉の調子は?」と気遣う姿やソプラノ歌手のベリト・ゾルセットと楽しげに談笑する姿がありました。自然と周りに人が集まってくるのは、その音楽のすばらしさばかりではなく、人柄のあたたかみによるところでもあるのでしょう(ものすごくシャイな人なのだ、と評する人もあります)。

近年、プレトニョフが東京フィルとともに取り上げた作品は、単にマエストロ自身のルーツであるロシアや北欧の作品というだけでなく『不死身のカッシェイ』『ペール・ギュント』いずれも、民俗的な要素を湛えつつ、その内容においても人生のありようが深く刻まれ、観るものの心に強い印象を残す作品です。今回2月定期の演目からも、私たちは作曲家が若い日の自分と向き合う姿を浮かべ、同時に、年を重ね若い演奏家と向き合い新たな創造へと向かう芸術家の姿を目の当たりにすることができます。

アンドレイ・イオニーツァ ©Thomas von Wittich

アンドレイ・イオニーツァ
©Thomas von Wittich

プロコフィエフ『協奏的交響曲』のソリストには、昨年のチャイコフスキー国際コンクールチェロ部門第1位のアンドレイ・イオニーツァが登場します。プレトニョフはこのコンクールでの演奏を見て、イオニーツァとの共演を望んだそうです。初共演となりますが、プレトニョフ自身もかつてチャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門を制しており、同じコンクールの優勝者同士の、世代を超えた共演となります。
イオニーツァはこの10月に初来日してリサイタルツアーを行い、既に批評家や耳の肥えた音楽ファンの間ではそのすばらしい演奏が話題となっています。再々度の来日も遠くないことでしょう。大きな体にすっぽりと包み込むようにチェロを抱え、まるで音楽も楽器も自身の体に溶け込んでいるかのように自在に操るさまからは、楽曲と向き合う歓びが真っ直ぐに伝わり、彼の姿を見る者、音色を聴くものを心から爽やかな心持ちにさせてくれます。イオニーツァもまた、共演する音楽家を自然に巻き込んでさらなる高みへと連れてゆくカリスマを備えた、優れた演奏家です。ぜひ皆様に、プレトニョフとともにイオニーツァの演奏に出会っていただきたいと思います。

伊藤 唯
(東京フィルハーモニー交響楽団 広報渉外部 広報主任)
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アンドレイ・イオニーツァへのインタビューはこちらから
http://tpo.or.jp/information/detail-20161031-01.php

東京フィルハーモニー交響楽団
1911年創立。日本で最も長い歴史をもつオーケストラ。メンバー約130名。シンフォニーオーケストラと劇場オーケストラの両機能を併せもち、定期演奏会等の自主公演、新国立劇場などでのオペラ・バレエ演奏、放送演奏、教育プログラムのほか海外公演でも高い評価を得る。名誉音楽監督チョン・ミョンフン、首席指揮者アンドレア・バッティストーニ、特別客演指揮者ミハイル・プレトニョフ。
公式ウェブサイト http://www.tpo.or.jp/
公式フェイスブック https://www.facebook.com/TokyoPhilharmonic 
公式ツイッター https://twitter.com/tpo1911

公演情報
ミハイル・プレトニョフ指揮 2月定期演奏会
2017年2月23日(木) 19:00 開演 東京オペラシティコンサートホール
2016年2月26日(日) 15:00 開演 Bunkamura オーチャードホール
http://www.tpo.or.jp/concert/20170223-01.php
http://www.tpo.or.jp/concert/20170226-01.php
東京フィルチケットサービス03-5353-9522(平日10時~18時)