ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 名曲全集 オール伊福部プロ|谷口昭弘

東響ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 名曲全集 第119回
道義念願のオール伊福部プログラム「協奏四題」

2016年7月10日 ミューザ川崎シンフォニーホール
Reviewed by 谷口昭弘( Akihiro Taniguchi )
Photos by 林喜代種( Kiyotane Hayashi)

<演奏>
高田みどり(マリンバ)
山根一仁(ヴァイオリン)
野坂操壽(二十五絃箏)
山田令子(ピアノ)
井上道義指揮:東京交響楽団

<曲目>
伊福部昭:オーケストラとマリンバのための《ラウダ・コンチェルタータ》
伊福部昭:ヴァイオリンと管弦楽のための協奏風狂詩曲
伊福部昭:二十絃箏と管弦楽のための《交響的エグログ》
伊福部昭:ピアノとオーケストラのための《リトミカ・オスティナータ》

伊福部昭のパワーに押されっぱなしのコンサート。頭と体が飽和状態になりそうであった。

《ラウダ・コンチェルタータ》は、幻想的な雰囲気を醸し出す前奏に続き、オスティナートを多用した主部へ。マリンバのたゆまない3連符の動きは、意図的な無骨さを通したプリミティヴズムのプロトタイプ。細かくカットを入れていく映像作品のように楽想が変わる場面展開が印象的なアダージョ部につづき、マリンバのカデンツァでは、音程を限定した音階のなかで小さなドラマがあり、聴き手を惹きつけた。終盤は再び獰猛な3連符。独奏者がオケに譲る部分もあってよいのかなと感じつつも、スリリングなパルスを高田は打ち続ける。そして最後まで力みなく自然に勢いを増していくトュッティの終結部に打ちのめされた。

「和テイストな洋楽」という言葉を想起させる協奏風狂詩曲は、第1楽章において潤いのあるヴァイオリンの音色が次第に熱を帯び、作品の作られた戦後直後の息吹を思わず感じた。この曲においても、最初は独奏の山根が弾きすぎかと感じられたが、彼の奏でる上下する旋律・反復音型に、いきいきとした艶が次第に出てくるようになり、違和感なく聴けるようになった。第2楽章では、伸びやかな音色、凄みを効かせる重音が印象的で、カデンツァにおいても、みずみずしい美しさと野蛮さが同居する。しかし音色に濁りはなく、伊福部の音楽がロマン派と20世紀の民族主義の間に位置する印象を与えた。第3楽章では音の密集した運動体としてのオーケストラの勢いに体が踊らされる感覚を覚えた。ここでも19世紀的リリシズムを残しつつ、祭り囃子的なオスティナートが登場し、熱狂を作りだした。

《交響的エクログ》では、オケによる冒頭のスリムな音楽からして、コンサート前半の作品との違いを感じさせる。「線対線」を基本とし、伴奏をあまり機能和声で埋めていないこの冒頭は物足りないと一瞬思ったが、実は二十絃箏の音楽的特性と、このオーケストラの鳴らし方には親和性があることが聞き取れた。テンポアップしてからの箏は、演奏技巧の限界に挑戦する内容で、野坂の格闘を目の当たりにしたが、ゆっくりとした部分では、日本らしさが滲み出るアルペジオを含め、箏の特性をあまねく聞かせる部分が長めに取ってあったところに好感を持った。

《リトミカ・オスティナータ》は、蒸気機関で駆動された機械が打ち込んでいるのかと思わせるような、吠える山田のピアノに目を見張った。全身全霊を込めて椅子から飛び出す勢いだ。鳴り狂うオーケストラの中で、ピアノは高音域にキラキラした音色を与え、ゆったりとした部分では、するどい楔を刺しているかのようだった。オーケストラも最後は空中分解してしまうのではないかと思うくらいのカタルシスを湛え、切れまくっていた。会場の興奮は最高潮に達していた。

それにしても、演奏された4曲の全てが一人の日本人作曲家による協奏曲というのは、なんと贅沢な企画だろう。今後こういう機会がどれくらいあるのか分からないが、聴き応えのある、満腹感いっぱいの公演であった。

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