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transit Vol.6 ファミ・アルカイ~ア・ピアチェーレ|大河内文恵

アルカイtransit Vol.6 ファミ・アルカイ~ア・ピアチェーレ

2016年5月12日 王子ホール
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
Photos by 林喜代種( Kiyotane Hayashi)

<演奏>
ファミ・アルカイ(ヴィオラ・ダ・ガンバ)

<曲目>
ガスパル・サンス(アルカイ編):マリサバロス
ガスパル・サンス、マルティン・イ・コル(アルカイ編):カナリオス
トバイアス・ヒューム:ヒューム大佐のパヴァン
トバイアス・ヒューム:ガンボの魂
サント=コロンブ:涙
マラン・マレ:アラベスク
マラン・マレ:人間の声
マラン・マレ:ギター
アントワーヌ・フォルクレ:シャコンヌ「モランジまたはプリセ」
作者不詳(アルカイ編):「鳥の歌」による変奏曲
ジョー・サトリアーニ(アルカイ編):オールウェイズ・ウィズ・ミー・オールウェイズ・ウィズ・ユー
ジミ・ヘンドリックス(アルカイ編):パープル・ヘイズ
(アンコール)
ガスパル・サンス(アルカイ編):カナリオス
ヨハン・セバスチャン・バッハ:無伴奏チェロ組曲第5番より、サラバンド

ヴィオラ・ダ・ガンバというと、映画《めぐり逢う朝》が心に浮かぶ。映画の全篇に流れるサヴァール演奏によるガンバの音色は、深く心に沁みわたるものだった。アルカイが当初提示したプログラムは、そのイメージを打ち破るもので、さらに前評判にも「刺激」「自由」といった言葉が躍っていた。ガンバという楽器のイメージと、こうした宣伝文句との接地面はいったいどこにあるのか?

最新アルバム『A piacere』と同じタイトルを冠した演奏会にアルカイが並べてみせたのは、アルバム中の半分にあたる6曲と、このアルバム外の6曲。事前のインタビューで「似たようなモテットを10曲並べたプログラムなんて、コンサートとしてどうかと思いますよ。」とまるで実技試験のようなプログラミングを批判しているアルカイだが、6曲+6曲=12曲という構成がまさにガンバが活躍した時代に好まれたものであったことを考えると、彼の身に深く伝統が刻み込まれていることがうかがわれる。

実際には、当日曲目変更があり、4曲目に演奏するはずだったヒュームの『ヒューム大佐のガリアード』が『ガンボの魂』に、5曲目のマラン・マレ『おどけ』がサント=コロンブ『涙』に差し替えられた。『ガンボの魂』はガンバ奏者のみならずチェリストにも人気のある曲であるし、『涙』は《めぐり逢う朝》中の有名曲であり、6+6を7+5にしてまでプログラムにいれた2曲は聴き手への配慮であろうと思われる。

プログラムの流れを重視するアルカイは、休憩なしで最後まで通しで演奏し、途中で袖に引き揚げることもない。しかも2~3曲を途切れず演奏するその集中力たるや驚異的である。1曲目こそ音の響きを探っている感じがあったが、引き続き演奏された2曲目の『カナリオス』では軽快な音運びで聴き手の心をほぐした。

アルカイの演奏には、他の楽器を弾いているかのように感じるときがある。1曲目『マリサバロス』の後半のピツィカートの部分はギターの響きを思わせるものがあり、4曲目の『ガンボの魂』はまるでチェロを聴いているかのようなたっぷりとした伸びのある音が耳に残った。『<鳥の歌>による変奏曲』ではフルートのような響きがきこえ、当然のことながら『オールウェイズ~』『パープル・ヘイズ』ではエレキギターさながらの圧倒的な迫力をみせつけた。さらにこうしたときにでも、彼の演奏には自己主張の押しつけがましさは少しもみられず、まるでそうであることが自然であるかのように感じられるのである。

その一方で、ヴィオラ・ダ・ガンバらしさも堪能することができた。《めぐり逢う朝》でサント・コロンブが弾いていたような、甘くせつなくたゆうようにつづくいわゆるヴィオラ・ダ・ガンバの音楽を、『涙』で聴くことができたのをはじめ、『アラベスク』では装飾音の絶妙な転がしかたに唸らされた。『シャコンヌ』でみせた早いアルぺジオの見事さに代表されるような超絶テクニックを惜しげもなく披露する一方で、変幻自在でつぶやくようなあるいは掠れたような弱音、伸ばしながら音の大きさだけでなく音色も変化させてしまう弓さばきと、ざらざらとしたヴィオラ・ダ・ガンバらしい響き。これらが微塵のあざとさもなく繰り広げられるさまは圧巻だった。

最後のロックナンバーのうち、『オールウェイズ~』はアルバム『A piacere』にもおさめられている曲だが、アルバムでのアンサンブルによる演奏を、ガンバ1本で見事に再現していた。『パープル・ヘイズ』は、日本でも大人気のユニット2cellosの十八番だが、これがアルカイの手にかかると、彼らがチェロ2本とドラムスでやっていることをガンバ1本で、しかもそれよりも高い精度で、原曲の再現性を向上させていることに驚きを禁じ得なかった。

アンコールでは『カナリオス』を再演。ロックナンバーの後だったこともあり、最初に弾いたときよりもノリノリで、アンコールらしい楽しい演奏となった。最後に『サラバンド』でしっとりと締めくくり、アルカイの魅力がたっぷり詰まった1時間半が終わりを告げた。彼の静かな説得力に末恐ろしさと大きな期待が高まる夜であった。

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