近藤嘉宏 ピアノリサイタル|谷口昭弘
近藤嘉宏 ピアノリサイタル
2015年12月9日 浜離宮朝日ホール
Reviewed by 谷口昭弘(Akihiro Taniguchi)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)
<曲目>
ショパン:ワルツ第3番 イ短調 op. 34-2
ショパン:舟歌嬰ヘ長調 op. 60
ショパン:エチュード《エオリアン・ハープ》変イ長調 op. 25-1
ショパン:エチュード《革命》ハ短調 op. 10-12
ショパン:幻想ポロネーズ 変イ長調 op. 61
ショパン:バラード第1番ト短調 op. 23
(休憩)
リスト:コンソレーション第3番変ニ長調
リスト:村の居酒屋での踊り(メフィスト・ワルツ第1番)
リスト:《ノルマ》の回想
(アンコール)
ショパン:ワルツ第7番嬰ハ短調 op. 64-2
ショパン:英雄ポロネーズ op. 53
確かなテクニックを持ちながら、それをしっとりとした響きで聞かせ、音楽そのものに語らせようとする近藤嘉宏の信念を感ずる演奏会だった。
冒頭の《ワルツ第3番》から、近藤は深い息を感ずる内声の旋律からポリフォニーを経て展開するデュエットを味わい深く聞かせた。次の《舟歌》では、目の覚めるような冒頭に続き、厚みのある伴奏に乗せて、丁寧な音運びをする。ペダルを入れてタップリと飾らず、じっくりと積み上げる後半部分に強い印象を受けた。
溢れるアルペジオが輝く《エオリアン・ハープ》に続き、《革命》のエチュードでは、次々と転調する中間部で攻めの姿勢を聴かせつつも、それが決してアクロバティックな技術のひけらかしにはならなかった。右手の旋律と寄り添い、薄暗い光を放っていたようだった。《幻想ポロネーズ》では、さらに内的に、ずっと沈んでいくように、音を確かめ思索するように緊張感を持たせ、長いトリルが出現する箇所へと至る道を丁寧に進めていった。そういった思索する近藤の流儀は《バラード第1番》にも踏襲されており、繰り返される音型一つひとつにも意味を与えていた。後半には突っ走る箇所もあり多少驚きはしたが、それでも無理にドラマを捻り出そうとしないのが新鮮で、好感を持った。
後半のリストになると、明るさが加わりショパンとの様式的な違いを感じさせる。その中で近藤の技巧的な確かさで唸らせられたのは《コンソレーション第3番》だった。前半のショパンに通ずるところもあるのだが、鍵盤から繰り出される音のしずくが、したたり落ちる叙情性を生み出し、それによって繰り広げられる夢想世界に魅了されたのである。《メフィスト・ワルツ》においても、自ら作品に酔うことなく、粒ぞろいの音で作品のデモーニッシュな内実に迫ろうとした。
《メフィスト・ワルツ》において音符の行間を探求する近藤の方向性がさらなる可能性を生み出したのが、最後に演奏された《ノルマの回想》だった。彼のピアニズムはミステリアスな和声の彩となって具現化する一方、旋律をしっとりと歌わせることにも格別の配慮を感ずることができたからだ。通常この手の曲は、オペラを元ネタとした技巧派エンターテインメント性になる傾向が強いものだが、近藤の場合はリストのパラフレーズからオペラの原曲へと立ち戻っていく方向性をも提示していた。この方向性は、自身の演奏を客観視しながら、表現を思考しながら組み立てていく彼の特質ではないだろうか。