五線紙のパンセ|その1)オペラの作曲|寺嶋陸也
その1)オペラの作曲
text by 寺嶋陸也(Rikuya Terashima)
たとえば「室内楽」や「協奏曲」といった言葉に比べると、「オペラ」ときいて人がイメージするものの範囲は、かなりばらつきがあるかも知れない。誰もがオペラと認めるものは、指揮者、オーケストラがオーケストラ・ピットに陣取って、プロセニアムつきの劇場で上演されるいわゆる「グランド・オペラ」というものであろう。また、そういうものしか「オペラ」と認めない、という人もいるだろう。オペラと、それ以外の舞台芸術を区別することも意外に難しい。ミュージカルとの違いは何か。日本の伝統芸能とのコレボレーションも行わるようになって、たとえば狂言オペラとか落語オペラというようなものもある。
学生の頃から、劇場での仕事をたくさんしてきたので、オペラには常に関心があった。というよりも、オペラに関心が深くて劇場に出入りするようになった。高校生の頃からときどき作曲したものをもって遊びに行っていた(レッスンをしてくれたわけではない)林光さんが、はじめは黒色テント68/71(現黒テント)、東京演劇アンサンブルなどの劇団の公演で音楽を弾くピアニスト、その少しあとにはオペラシアターこんにゃく座で、林光さんのオペラ《セロ弾きのゴーシュ》の初演のピアニストを任せてくれたことから、そののち林さんの言うところの「劇場ピアニスト」の道を歩むことになり、それが職業音楽家としてのキャリアのスタートでもあった。
オペラシアターこんにゃく座のオペラは、多くの場合、オーケストラの役割を1台のピアノが担う。オーケストラのかわりにピアノ、というのではなく、最初からピアノで演奏するオペラとして作曲されているのだ。このようなオペラは、劇場を選ばない。多くの場合、舞台は学校の体育館。数時間から半日ちかくかけて舞台装置と照明とを設営し、舞台の袖には楽屋も準備して、にわか「オペラハウス」となった体育館で、ピアノさえあれば上演が可能だ。林光さんの作曲、加藤直さんの演出による《セロ弾きのゴーシュ》はこのような形で全国を旅し、海外にも2度ほど行って、現在までに1000回ほども上演されたであろうか。私も200回くらいは弾いたと思うが、体育館のピアノは、普段あまり使われていないため、あまりよく鳴らないことが多く、また、アップライトピアノの場合も多いのだが、それでもなんとか子供たちに集中して舞台を見てもらえるように一所懸命に弾く日々を続けた結果、理想的な楽器でなくてもなんとか弾きこなす能力が身についた。オペラは必ずしも立派なオーケストラや劇場を必要とするものではない、ということを身をもって学んだのがこんにゃく座での仕事であった。
《セロ弾きのゴーシュ》初演に参加してから30年目にあたる今年、はじめてこんにゃく座にむけて一本のオペラを作曲させていただく機会をいただいた。これまでにも、こんにゃく座は大学院修士作品のオペラ《ガリレイの生涯》を上演してくれたことがあり、4人(林光、萩京子、吉川和夫、寺嶋)の共同作曲によるオペラ《まっぷたつの子爵》の作曲に加わったことがあったが、一本のオペラを新しく書かせてもらうのは初めてのことである。
題材は、いつかは書きたいと前々からこんにゃく座に宣言してあった宮澤賢治の《グスコーブドリの伝記》。《セロ弾きのゴーシュ》を始め、林光さんと萩京子さんのふたりの座付き作曲家が競って賢治の数々の作品をオペラにしていることもあるし、《ガリレイの生涯》がそうであったように、ひとりの人物の成長ないし変遷を描くオペラを作曲したいと思ったからでもある。台本と演出は、こんにゃく座初登場となる、しままなぶさん。彼は賢治の故郷、花巻の隣町の出身ということもあって、賢治にはなみなみならぬ関心と共感があり、これまでにも、賢治の人生と作品をオーヴァーラップさせた合唱のためのシアターピースを一緒に作ったり、賢治原作のオペラの演出でもご一緒させていただいていたので、私からお願いした。
今年はそれと平行してもうひとつオペラを書く予定がある。それについては次回に書くことにしたい。
公演情報・オペラシアターこんにゃく座公演
オペラ《クラブ・マクベス》(2007年初演)
原作・ウィリアム・シェイクスピア 台本・髙瀬久男
作曲・林光 演出・眞鍋卓嗣
ピアノ・寺嶋陸也 フルート・姫田大 打楽器・高良久美子
2016年2月5日(金)~14日(日)吉祥寺シアター
オペラ《グスコーブドリの伝記》(新作初演)
原作・宮澤賢治 台本・演出 しままなぶ 作曲・寺嶋陸也
ピアノ・斎木ユリ クラリネット・草刈麻紀
2016年9月15日(木)~18日(日)俳優座劇場
問合せ:オペラシアターこんにゃく座
TEL.044-930-1720 http://www.konnyakuza.com
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寺嶋陸也(Rikuya Terashima)
東京藝術大学音楽学部作曲科卒、同大学院修了。オペラシアターこんにゃく座での演奏や、2003年パリ日本文化会館における作品個展「東洋・西洋の音楽の交流」などは高く評価された。『ヒト・マル』『末摘花』『ガリレイの生涯』などのオペラのほか、室内楽、合唱曲、邦楽器のための作品など作品多数。ピアニストとしての内外の演奏家との共演や指揮など活動は多方面にわたり、CDへの録音も多い。
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編集部:註
このコーナーは作曲家お一人につき3回の連載形式となります。