スティーヴ・ライヒ 80th ANNIVERSARY 『テヒリーム』|藤原聡
スティーヴ・ライヒ 80th ANNIVERSARY 『テヒリーム』
2017年3月1日 東京オペラシティ コンサートホール タケミツメモリアル
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)
<曲目・演奏>
スティーヴ・ライヒ:
『クラッピング・ミュージック』(1972)
スティーヴ・ライヒ、コリン・カリー
『マレット・カルテット』(2009)
コリン・カリー・グループ
『カルテット』(2013)
コリン・カリー・グループ
※スティーヴ・ライヒ トーク(聞き手:前島秀国/通訳:久野理恵子)
『テヒリーム』(1981)
コリン・カリー(指揮)コリン・カリー・グループ、シナジー・ヴォーカルズ
東京オペラシティにスティーヴ・ライヒが登場するのは今回が3度目。1度目の登場である2008年には『コンポージアム2008』として2夜に渡ってコンサートが催され、2012年には『ドラミング』のコンサートに同行。そして今回は作曲者の80歳記念として、ライヒ自身が「私の最高傑作」と述べている、という『テヒリーム』をメインに据えたコンサートが2回開催されたが、その初日を聴くことが出来た。静かな興奮がひたひたと押し寄せてくるような精巧かつしなやかな演奏に敬服。
トリの『テヒリーム』から記せば、各パートの立体的なパースペクティヴ、音色の鮮明さと生々しさは実演で体験するに勝るはない、にせよ同曲で2種存在する録音を遥かに凌駕する名演奏だった。少なくとも現時点では最高の演奏と思う。それは1981年に録音されたECM盤(ジョージ・マナハン指揮スティーヴ・ライヒと音楽家たち)、1993年に録音されたNONESUCH盤(ラインベルト・デ・レーウ指揮シェーンベルク・アンサンブル)での演奏に比べて、いわば「ライヒ演奏の進化・慣れ」が大きくあることによるものだろう。テンポは速くリズムはよりヴィヴィッドになり、演奏者がややこしい変拍子を「正確」にこなすために犠牲となっていたグルーヴ感が増大、しかも緻密さも維持される。技術面での向上は楽器の音色(おんしょく)の多彩な変化をもたらし、それ以前のライヒのミニマル・ミュージックとは異質の書法も当たり前のものとして自然に処理されるので「表現」自体に演奏者の意識が向かい、勢い音楽の内的テンションが向上する。
にしても、実演であれ他の「現代の」演奏家でこれだけの成果が生まれたかどうか。コリン・カリー・グループらの演奏なればこそ、と思う。特にシナジー・ヴォーカルズの見事さ。正確でかつ機械的でない。木管群との見事な融合による形容できぬ独特な音色感。コリン・カリーの「正確な熱狂と高揚」を聴かせる指揮ぶり。音楽のヘブライ的側面からもちょっと古代の秘教的儀式を想起したほど。あるいはこの音楽に登場するカノンの処理。カノンはカノンなのだが、古典的形式でありながらもそれを易々と超越もしくは換骨奪胎してしまうライヒ的カノンを全く素晴らしく音化している。貶める意味ではないが、これは2種の録音ではこれほど正確に「キマって」いない。生理的快感を覚えた『テヒリーム』最高の演奏。
むろん前半も悪いはずがない。ライヒ御大自身とコリン・カリーの2人による『クラッピング・ミュージック』では、ライヒの叩き出す「音質」がカリーに比べていささかこもった音で個性的だったが――そう、もちろん拍手の音にも個性があるのだ――それが2人の音を幾らかは聴き分け易くしていたように思う(余談だが、昔ヒリアード・アンサンブルが来日公演でこの『クラッピング・ミュージック』を取り上げたのが意外であった。ポール・ヒリアーが嬉しそうに叩いていたっけ)。
2曲の近作、『マレット・カルテット』と『カルテット』も面白い。キャリア初期の典型的なミニマルとは明らかに音楽の性質が異なって来ており、線の集積から音楽を構築するよりも、全体をひとまとまりとして捉えるような「融和の音楽」という側面が強くなっていることを伺わせる。この演奏もまた文句の付けようがなく、ここでも硬軟・音色のグラデーションが非常に繊細な弾き分けを聴かせるコリン・カリー・グループに感嘆。一見単純なマリンバやヴィブラフォンという楽器の多彩な表現力を痛感させられるのだ。
蛇足。予想されたことだが、当日は会場の雰囲気が明らかに通常のクラシック・コンサートとは異なる。PAを使う(これは小編成のアンサンブルを大ホールで演奏すること、ライヒの音楽は細部が命だからライヒ的には当然だ)。若い人が多い。聴こえてくる会話の端々から普段はオペラシティなどに来ない人たちだと分かる。それなりの年齢に達しているような人でも何とはなしに個性的でアーティスティックな格好の人が多い。拍手に口笛が盛大に入る。大勢の人たちによるスタンディング・オヴェイション。トークで前島氏が「少し遅れましたが80歳の誕生日おめでとうございます」と述べると会場の1人が「ハッピー・バースデイ」を大声で歌い始めて唱和が始まる…、という具合。こういうのは素敵ですよね。