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東京春祭 歌曲シリーズ Vol.21 エリーザベト・クールマン | 片桐文子

東京春祭 歌曲シリーズ Vol.21
エリーザベト・クールマン

2017年4月7日 東京文化会館 小ホール
Reviewed by 片桐文子(Fumiko Katagiri)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
エリーザベト・クールマン(メゾ・ソプラノ)
エドゥアルド・クトロヴァッツ(ピアノ)

<曲目>

【TELL ME THE TRUTH】
シューベルト:バッカス賛歌 D801(1)/星 D684/ロマンス(《ロザムンデ》D797より)
ヘルヴィック・ライター:即物的なロマンス(《皆で同じ列車に座って》より、以下同じ)
シューベルト:憂い D772
ライター:墓場の老婆
シューベルト:連祷 D343 /バッカス賛歌(2)
ライター:不信任決議
シューベルト:嘆き D415/スイスの歌 D559
ライター:猫のために
シューベルト:孤独な男 D800/バッカス賛歌(3)

***休憩***

リスト:《ペトラルカの3つのソネット》S270
ブリテン:《4つのキャバレー・ソング》

 

なんという声、なんという表現力。いつまででも聴いていたい、とろけるような心地よさ、そして洒脱なエンターテインメント。
東京春祭の定評ある「歌曲シリーズ」が今年もまたやってくれた。忘れがたい大人のステージだった。

前回(2015年)は<愛と死>をテーマにリスト、ワーグナー、シューマンなどを並べ、これも大変好評のステージだったが、今年はぐっと挑戦的・先鋭的なプログラムをひっさげて登場。前半で現代作品とシューベルトを対置して交互に聞かせ、最後の締めがブリテンの「キャバレー・ソング」。これは聴き逃せない。
テーマとして掲げられた「Tell me the truth」は、そのブリテンの第2曲「Tell me the truth of Love」から取られているらしい。「(愛って何なのか、)本当のことを教えて」。意味深長な謎かけだ。

シューベルトと対置されたのは、オーストリアの作曲家・指揮者で、室内合唱団ほかいくつかの小規模アンサンブルを創設・主宰するヘルヴィック・ライター(Herwig Reiter, 1941- )の作品。エーリヒ・ケストナー(Erich Kaestner,1899-1974)の詩による歌曲集『皆で同じ列車に座って Wir sitzen alle im gleichen Zug』(2015)からの4曲。
ケストナーは『ふたりのロッテ』や『エミールと探偵たち』など子供向けの良書で知られる文学者だが、20世紀前半のドイツにあって反ナチを貫いた硬骨漢でもあって、今回の歌曲集の詩を見ても、恋人たち、子供、家庭、猫といった、一見すると平凡でほのぼのとした情景を描いているようだが、ぞくっとするほど濃い死の影や、辛辣で容赦のない詩人の視線を感じさせる作品群だ。一筋縄ではいかない、まさにシューベルトに通底する世界である。
ライターの作曲もまた、過度に “現代風”な無機質なものではなく、合唱指揮者らしい(また父も兄弟も作曲家という音楽一家らしい)、平易で“歌”を熟知した語法。音楽は取っつきやすいが、そこに盛り込まれているのは、誤魔化しようのない人間の真実(”Tell me the truth”!!)。21世紀と19世紀と、時代背景のまったく違う作曲家なのに、見事に響き合って違和感がない。
シューベルトの「バッカス賛歌」が3連の詩に作曲されているのを3つに分けて、まるで循環するロンド形式のテーマのように配置し、シューベルトからライターへの橋渡しとしていた。こうした細部にもクールマンのセンスが光る。

ピアノのクトロヴァッツは、たとえばハルトムート・ヘルのような、歌手と対等の表現力を主張して、細部まで繊細にピアノで描き出してみせる奏者とは一線を画する。たとえば、小さなライブハウスでいつも寡黙にベースをつまびいているジャズメンのような、と言ったら、当たらずとも遠からず、だろうか。出だしのあたりは素っ気なさすぎるという気もしたのだが、プログラムが進むうちにだんだんと前面に出てきて、最後は、このピアニストにしてこの歌手あり!と叫びたくなるような存在感。ピアノの演奏に歌が入ったとたん空気が変わる……かと思えばその逆もあって、デュオを組んで長いというのも頷ける、見事な呼吸である。特にライターでは、ピアノと歌のかけあいで和声が瞬時に移ろっていくのがとても美しく、まるで万華鏡のよう。

クールマンは、顔や体の表現は落ち着いた抑制的なものだが、ちょっとした手振り・身振りが実に風情がある。こうした堂に入った身体表現は、いかに声や歌唱が素晴らしくても日本人歌手にはなかなか敵わないところ。

アンコールで、シューベルト「糸を紡ぐグレートヒェン」D118が聴けたのが嬉しかった。そしてお得意のリスト「それは素晴らしいこと」S314、今日の主役とも言える作曲家ライターの「ある女性歌手の肖像」(!)で締め。