Ensemble ZAZA 2016コンサート 消された声|大田美佐子
2016年11月20日 ながらの座・座
Reviewed & photos by 大田美佐子(Misako Ohta)
Photos by 丸井隆人(ステージ写真)/写真提供:ながらの座・座
<演奏・出演>
Ensemble ZAZA
佐藤一紀 (Vl.)
谷本華子 (Vl.)
中田美穂 (Vla)
伊藤亜美 (Vla)
金子鈴太郎 (Vc)
平野朝水(Vc)
吉田誠(Cla)
<曲目>
F.メンデルスゾーン シンフォニア第3番ホ短調
P.ヒンデミット クラリネット五重奏曲Op.30
-休憩-
E.W.コルンゴルト 弦楽六重奏曲ニ長調Op.10
——-自然との共鳴 – 耳を澄まして開かれる音楽——
一般的には、神社にある神楽の舞台や薪能のように、日本の伝統芸能は自然界の音とともにあるが、西洋芸術音楽はコンサートホールの閉じられた空間で奏でられることが多い。秋も深まり紅葉の美しい晩秋の滋賀の音楽会で、その固定観念は見事に覆された。滋賀県大津駅から15分、旧街道だったという趣きのある風情を残す街並を通り抜けて行くと、17世紀に作られた三井寺の五坊のひとつ「微妙寺」の坊舎だった歴史的な建物に辿り着いた。その周りには、切橋や枯滝をもつ美しい古庭園がある。この希有な舞台で演奏されたのはメンデルスゾーン、ヒンデミット、コルンゴルトというレパートリー。演奏者は日本の音楽大学を卒業後、フランス、イギリス、カナダ、ハンガリーなど各地で研鑽を積み、日本のオーケストラや室内楽シーンをリードする優秀な若手音楽家たち。この組み合わせを聞いただけでも、何かが起こりそうな予感はする。
まず、閉じられたコンサートホールという空間では、体験出来ないようなクラシック音楽と自然との活き活きとした共生の瞬間に身を委ねることになった。開け放たれた障子の戸から入る新鮮な空気。ここでは、いきとしいけるものすべてが、その心地よい解放感のなかで、今そこにある音に耳を澄ます。鳥のさえずり、鯉が跳ねる音、木々のざわめき・・。予定調和のない自然に対して静かに耳を澄ます時、奏でられる音楽は、聴く者の心にしっかりと届いていく。肝要なのは、聴衆が音楽に耳を澄ますだけでなく、自然の中で、奏者同士の耳の感覚も研ぎすまされていくという点だ。アンサンブルの醍醐味とは、こういった細やかな感性を通した対話なのだ、とあらためて気づかされた。
そんな舞台で聴くプログラムのテーマは「消された声」。ドイツ語圏に生まれたユダヤ人音楽家の過酷な運命を暗示するこのテーマ自体にも「耳を澄ます」ことは強く繋がっている。メンデルスゾーンのシンフォニアは若書きだが、ことにバッハに代表される構築的なドイツ音楽に魅せられたユダヤの少年の無垢な眼差しが、とても新鮮に感じられた。続く28歳のヒンデミットによる五重奏曲は5楽章で構成され、最初と最後の楽章が逆行形の関係性で書かれるなど、技術的にもトリッキーで勢いのある作品だ。驚いたのは、弦楽器に対してなんとも調和的に響く吉田誠のクラリネットの音色である。その「弦楽器的」とさえ感じたクラリネットについて、吉田自身がアフタートークで、「耳を澄ましているうちに、弦楽器の調和のなかに自然と溶け込んでいくようになった」とコメントするのを聴き、深く納得した。
休憩の後に演奏されたコルンゴルトも、18歳の時の初期の作品。四楽章の中に、マーラーやリヒャルト・シュトラウスの影響、優美なウィンナー・ワルツの世界が盛り込まれた作品で、アンサンブルのバランスの良さが際立った出色の演奏。三楽章のインテルメッツォでは、まろやかなウィンナー・ワルツのリズムに導かれて、鳥たちが興奮気味に合唱をはじめ、六重奏と共演。さらに、疾風するフィナーレでは合図されたかのように鳥のさえずりも止み、白熱の演奏は喝采のうちに幕を閉じた。
自然との共生と共鳴にも目覚めた演奏者たちは、すべてガット弦を張った楽器で演奏。スチール弦とは違う、そのあたたかく優しい響きも印象に残った。互いに耳を澄まし、自然に耳を澄ます音楽家たちが作り出した音の宇宙は、人のもつ根源的な波長と自然界の波長の共鳴を気づかせてくれる感動の体験であった。