五島記念文化賞 オペラ新人賞研修帰国記念 中嶋俊晴 カウンターテナー・リサイタル|大河内文恵
五島記念文化賞 オペラ新人賞研修帰国記念 中嶋俊晴 カウンターテナー・リサイタル
Toshiharu Nakajima Countertenor Recital
2024年10月25日 銀座・王子ホール
2024/10/25 Oji Hall
Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
写真提供:公益財団法人東急財団
<出演> →foreign language
中嶋俊晴 カウンターテナー
寺神戸亮 バロック・ヴァイオリン
大内山薫 バロック・ヴァイオリン
秋葉美佳 バロック・ヴァイオリン
原田陽 バロック・ヴィオラ
懸田貴視 バロック・チェロ
西澤誠治 バロック・コントラバス
永谷陽子 バロック・ファゴット
上尾直毅 チェンバロ・オルガン
<曲目>
作曲不詳 ああ、この御身の悲しき命
ストラデッラ 我らの主イエス・キリストの十字架刑と死
ヴィヴァルディ ソロ・カンタータ“魂と心を捕えようとも”より
ボノンチーニ ソロ・カンタータ“お座り、私のアマリッリ”
~~休憩~~
エスカンデ モノオペラ~手紙~ [委嘱新作]
ヴィヴァルディ 歌劇《狂えるオルランド》より “鎖を断ち切って”
歌劇《救われたアンドロメダ》より “よくあることだが太陽が”
ヘンデル 音楽劇《ヘラクレス》より シンフォニア
歌劇《エジプト王トロメーオ》より “苦渋の滴よ”
歌劇《リナルド》より “風よ、旋風よ”
~~アンコール~~
ヘンデル 歌劇《リッカルド1世》より “激しい嵐に揺さぶられても”
五島記念文化財団1)は1990年に「次代を担う若手芸術家の助成・育成を通じて日本の文化芸術の向上、発展に寄与することを目的」として設立され、同年から毎年数名の新人賞を授与してきた。本日はその成果公開の場である。助成が入っていることもあり、ヴァイオリン3,ヴィオラ1,チェロ、コントラバスにファゴット、チェンバロ&オルガンと贅沢な布陣で、共演のメンバーを見ただけで力の入り具合がわかる。これはきっとすごい演奏会になるとの期待をして会場に向かったのだが、それをはるかに凌ぐものだった。過去の自分を確実に、しかも予想を上回るレベルで超えてくる中嶋に敬意を表したい。
中嶋のソロ・リサイタルを聴くのは2022年4月から2年半ぶりになるのだが、徹底した美意識は変わらないものの、そこに幅広さが加わり、研鑽の成果が感じられた。それがよく表れているのが選曲の幅広さである。委嘱新作を除くとほぼバロック時代の作品が並べられているのだが、1つの時代のみでこれだけの多様性が示されるとは、プログラムを見ただけでは想像できなかった。
というのも、曲によって中嶋の声の質がすべて違うのだ。俳優や声優で様々な声を使い分ける人のことを「七色の声」と評することがあるが、中嶋の声は七色どころではない。曲の数だけいくらでも増やせるのではないだろうか。
1曲目の「ああ、この御身の悲しき命」は峡谷の谷底で天から降ってくる声を浴びているように感じたし、2曲目ではマリアの声とイエスの声であるように聴こえた。ヴィヴァルディでは、始まった途端に「え、すご!」と客席の心の声が共鳴しているのが聞こえた。すごいのは永谷のファゴットと中嶋の強靭なテクニックである。この曲はABAの形式で書かれているが、2回目のA部分では、さらに5段くらいギアが上がって大興奮状態になった。この曲のために永谷を呼ぶとは何たる贅沢!
ボノンチーニのカンタータはオペラを見ているような臨場感があった。これまた、これまでのどの曲とも違う声で、特に最後のアリアでは難しいアリアのはずなのに、技巧を全く感じさせないところに一段レベルが上がったことが感じられた。
後半はエスカンデによるモノオペラ~手紙~。真っ暗な舞台にチェロの懸田とチェンバロの上尾が登場し、2人が弾き始めると中嶋が現れる。「手紙を書くことは愛することに似ている」と語りがあって、そこから時おり語りの台詞をはさみながら、6つの手紙が歌われる。最初はベートーヴェンの手紙。中嶋のドイツ語は貴婦人のような気高さをもち、殊更言葉を強調していないのに、しっかりと伝わってくる。いわゆるカウンターテナーのレパートリーにはドイツ語の歌はあまりないので聞く機会がこれまでなかったが、中嶋のドイツ語の歌ももっと聞いてみたいと思った。
2通目は英語。Catch me の部分の表現が秀逸。3通目は手紙を書くしぐさをしながら歌い、途中朗読も入る。ああ、これはやはり歌曲集ではなくオペラなのだと思い起こす。4通目はある特攻隊員の手紙(日本語)。途中から涙が止まらなくなり、ぼろぼろ泣きながら聞く。こうした曲は、たとえば武満徹の「死んだ男の残したものは」や寺島尚彦の「さとうきび畑」などがあるが、また1つ新たな名曲が生まれたことを確信した。5通目は英語で軽快な音楽がさきほどの重い空気を一新する。
最後6通目は子どもからの手紙。イタリア語で絵を見せながらの歌は、本当に子どもが歌っているように聞こえる。中嶋の大きな体躯と子どもらしい歌声とのギャップで耳と目がバグを起こす。後半には技巧も凝らされ、ただの子どもではないところも見せつけ、さらに最後には笑いも取ってくる。手紙1つ1つの選択とその並べ方、音楽付けといった要素すべてが有機的につながっていて、1つの世界をつくりあげる。この作品、他の歌手でも聴いてみたいと思った。
そのあとはヴィヴァルディとヘンデルのアリアを2曲ずつ。“鎖を断ち切って”では、アンサンブルの伴奏にのって歌うのではなく、中嶋自身が器楽奏者たちを引っ張っているように感じた。続く“よくあることだが太陽が”は美しい旋律だが派手さはなく、泣かせるわけでもない、つまりキャラクターで聴かせることのできない種類のアリアだ。ともすると良くも悪くもないという状態に陥る惧れのある難しいアリアだが、中嶋は歌詞に込められた情景をきっちりと描いてみせることで、このアリアを見事に成立させていた。技巧的でないアリアでここまで聞かせることができるのが中嶋の成長のあらわれであろう。
ヘンデルの“苦渋の滴よ”で情景をきっちりと描いてみせたのに続き、最後の“風よ、旋風よ”。このアリアはカウンターテナーの腕の見せ所満載な曲で、人気カウンターテナーの公演などでもよく演奏される。ここでも永谷のファゴットが光る。そして、ファゴットだけでなく、すべての楽器奏者が選ばれし者であることが随所で感じられたのは言うまでもない。ここまでさんざん歌ってきて、ここでこのハイパワーの声が出るということは、いったいどういうことなのだろう?と思いつつ、客席はやはり大盛り上がりである。アンコールが終わった瞬間に中嶋が浮かべた幸せそうな表情が印象的だった。
1)五島記念文化財団は、2019年4月1日に、とうきゅう環境財団、 とうきゅう留学生奨学財団と合併し 、「東急財団」となった。
(2024/11/15)
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<performers>
Toshiharu NAKAJIMA countertenor
Ryo TERAKADO violin
Kaoru OUCHIYAMA violin
Mika AKIHA violin
Akira HARADA viola
Takashi KAKETA cello
Seiji NISHIZAWA Contrabass
Yoko EITANI fagot
Naoki UEO cembalo / organ
<program>
Anonymous Ay! Trista vida corporal
Alessandro Stradella: Crocifissione e morte di Nostro Signore Gesù Christo
Antonio Vivaldi: Alla caccia dell’alme e de’cori RV670
Aria: Alla caccia dell’alme e de’cori
Giovanni Battista Bononcini: Sied, Amarilli mia
–intermission—
Pablo Escande: Letters
A. Vivaldi: Opera “Orlando furioso” RV728 Rompo i ceppi
Opera”Andromeda liberata” RV Anh.117 Sovvente il sole
George Frideric Händel: Oratorio “Hercules” HWV60 Sinfonia
Opera “Tolomeo, re d’Egitto” HWV25 Stille amare
Opera”Rinaldo” HWV7a Venti, turbini
-encore—
Händel: Opera “Riccardo Primo” HWV 23 Agitato da fiere tempeste