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東京交響楽団 川崎定期演奏会 第97回|藤原聡

東京交響楽団 川崎定期演奏会 第97回
Tokyo Symphony Orchestra
Kawasaki Subscription Concert No.97

2024年10月13日 ミューザ川崎シンフォニーホール
2024/10/13 MUZA Kawasaki Symphony Hall
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
写真提供:東京交響楽団 

〈プログラム〉        →foreign language
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 op.18
※ソリストアンコール
ショスタコーヴィチ:3つの幻想的舞曲 op.5-2「ワルツ」
ショスタコーヴィチ:交響曲第6番 ロ短調 op.54

〈演奏〉
東京交響楽団
クシシュトフ・ウルバンスキ(指揮)
デヤン・ラツィック(ピアノ)
小林壱成(コンサートマスター)

 

2013年から3年間東響の首席客演指揮者を務め、その後もたびたび同オケの指揮台に立つウルバンスキ。現在はスイス・イタリアーナ管の首席客演指揮者、ワルシャワ国立フィル音楽・芸術監督、さらにはベルン響の首席指揮者を兼任、その上ベルリン・フィルやシュターツカペレ・ドレスデン、パリ管などの一流オケからもオファーが絶えない。席の暖まる暇もないとはまさにこのことか。実際、今年42歳の若さながらウルバンスキの統率力は恐るべきものだ。最大公約数的な解釈を落としどころとせず虚心にスコアを読み、時にはそれまでの作品のイメージとは大きく違った形で演奏として提示、これがまた新鮮極まりないのだ。この日のラフマニノフとショスタコーヴィチもまさにそんな演奏に。前者のピアノはデヤン・ラツィック。この人もまた当たり前の演奏をする人ではない。

そのラツィックが登場したラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。冒頭の和音からして音は透き通るようにクリア、重みはないがまるでラヴェルのようだ。そしてクレッシェンドの表現の巧みさ! これを受けてのウルバンスキのオケのドライヴも軽やかかつしなやか、ラフマニノフのある種の泥臭さやロシア的な憂愁とされるものは稀薄な代わりにまるでメンデルスゾーンのような洗練がある。それでいて表情はエスプレッシーヴォ。この曲でオケがここまで「突っ込んだ」例があったか? また、基本的にはダイナミックさよりは弱音の表現に気を配った非常にセンシティヴなラフマニノフ、と思いきや、第1楽章のクライマックス部では豪放にオケを鳴らしたり、と全く先が読めない指揮ぶり、にもかかわらず奇をてらっているとか効果のための効果を狙っている、などと微塵も感じさせないのだ。これはウルバンスキの天才性によるものとしか言えまい。そして驚いたのが第1楽章終結。第2楽章から第3楽章をアタッカで繋ぐのは常套手段だが、第1楽章から第2楽章もアタッカにした。かつ、音を切るのではなく第1楽章最後の和音と第2楽章の最初の和音が同じであることを利用してピアノの響きを残したまま繋げたのである。これには筆者もだが、ホールの聴衆も不意打ちを食らったはずだ。その繋げた第2楽章で主部再現直前のピアノのカデンツァ風の箇所でラツィックは独特の間を取りこれもユニーク。続く終楽章ではウルバンスキがしなやかに充実させる内声のヴィオラやピアノの裏に回る木管のちょっとした合いの手の音型をさりげなく浮き立たせたりと、まるで初めて聴く曲のような瞬間がしばしば。コーダもありきたりの演歌的盛り上げにならないクールネス。オーソドックスな演奏が好きな方は感情移入できなかったかも知れないが、この作品でかくもフレッシュな表現を成し遂げたラツィックとウルバンスキは只者ではない。ラツィックはアンコールにショスタコーヴィチ若書きの2分にも満たない小品を弾いたが、これもまた多彩なタッチによる色彩感満載の演奏、才気みなぎる。

さて後半のショスタコーヴィチの交響曲第6番。ウルバンスキが重戦車的豪壮爆演を披露するわけがないのは予想がつくが、その演奏はスタイリッシュ、極めてユニークで美しいものであった。第1楽章での悲劇的な色彩や切実さは稀薄だが、純音楽的に練りに練り上げた響きの魅力/緻密さで聴かせる。そしてその峻烈さといったらないが、それは透明きわまる弦楽器の響き、有機的な一体感に由来する。東響は優れたオケだが、常にここまで統一されきった響きを聴かせるわけではなく、ここでもウルバンスキの類まれなる才能を痛感することとなる。続く第2楽章と第3楽章では作品の諧謔味を堪能させるが、それは指揮者がスコアというテキスト外の非-音楽的な政治性をことさら意識するわけではなく、リテラルな表現のみを追求した結果だ(例えばロストロポーヴィチの演奏。優れた演奏だが音楽以外の物がいろいろと垣間見える)。特に第3楽章、快速、ほとんどアクロバティックでまるでたくさんのピエロが次から次へと入れ代わり立ち代わりステージに現れては消えるようなその表現は傑作で聴いているこちらの口元がニヒルに歪み思わず笑ってしまう。そしてコーダのクールさを保った乱痴気騒ぎ。ウルバンスキの表現はスマートかつ(繰り返すが)スタイリッシュ、それが徹底されているがゆえ作品の本質の一面を射抜く。

ところでウルバンスキ、来季はなんと都響への客演が発表されている。それは非常に嬉しいが、東響との関係も維持して欲しいところだ。この日のような演奏を聴かされたからにはそう思うしかなかろう。

(2024/11/15)

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〈Program〉
S.RACHMANINOV:Piano Concerto No.2 in C minor op.18
※Soloist encore
D.SHOSTAKOVICH:3 Fantastic Dances op.5-2 Waltz
D.SHOSTAKOVICH:Symphony No.6 in B minor op.54

〈Player〉
Tokyo Symphony Orchestra
Krzysztof URBAŃSKI,Conductor
Dejan LAZIĆ,Piano
KOBAYASHI Issey,Concertmaster