NHK交響楽団 第2020回 定期公演 プログラムA|藤原聡
NHK交響楽団 第2020回 定期公演 プログラムA
NHK Symphony Orchestra,Tokyo
the 2020th subscription concert Program A
2024年10月20日 NHKホール
2024/10/20 NHK Hall
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
写真提供:NHK交響楽団
〈プログラム〉 →foreign language
オネゲル:交響曲第3番『典礼風』
ブラームス:交響曲第4番 ホ短調 作品98
〈演奏〉
NHK交響楽団
指揮:ヘルベルト・ブロムシュテット
コンサートマスター:川崎洋介
カバーコンダクター:ゲルゲイ・マダラシュ
本当に来日できるのだろうか…? 大方のファンの胸中には期待と不安がないまぜになった感情が去来していただろう、しかし果たしてブロムシュテットはやってきた。昨年予定されていたN響への登壇は体調不良により中止となったため、今回の来日は2年ぶりのものとなる。A、B、Cの3つの定期公演、それぞれ2回で計6回指揮を執ったが、筆者はそのうち20日のAプログラムを聴いた。どうあれ虚心に耳を傾けよう。
開演時間後、オケの楽員が三三五五ステージに登場すると拍手が湧き起こる。筆者がステージから少し目を離して手元のカバンを覗き込んだ際、その拍手のボルテージが猛烈に増す。一体何事かと思い顔を上げるとコンサートマスターの川崎洋介に支えられブロムシュテットその人が他の楽員たちと共にステージに現れた。2回の転倒事故を経てこの指揮者の足腰はかなり弱っているように見受けられる。自足歩行は困難な様子であり、指揮台には当然のことながら椅子がしつらえられている。
しかし、いざ1曲目のオネゲルが開始されるとその音楽には微塵の弛緩あるいは衰えもない。動作こそ小さくなりはしたがブロムシュテットの振りは極めて明瞭、しっかりと拍子を示す。昔日であればより快速なテンポを採用していただろうが、ここではややゆったりとした中で、しかし各楽器のバランスを最適なバランスで整えながらも要所では抉りを入れ、以前のブロムシュテットにも増してその演奏は凄みを増している。恐らくは体の動きに限界のある指揮者の意図をN響がその自発性をもって徹底的に汲み尽くさんとした結果、指揮者の意図がより増幅された結果の演奏なのではないか。第2楽章の清澄さはかつて聴いたあらゆる実演と録音を凌いでいたし、第3楽章は第1楽章とは反対にやや速めのテンポ(!)を採用しその激烈さには驚くほかない。終盤のカタストロフは凄まじいが、それに続くコーダの静謐で浄化された響きはそれ以上の感銘をもたらす。申すまでもないが、97歳の指揮者がかような演奏を実現させたから凄いのではなく、単にブロムシュテットが凄いのだ。とはいえ、オケとの成熟しきったインタラクティブな関係性から生み出されたこれはまた97歳だからこそのものであるのも事実。
後半はブラームスの第4。まったく効果を狙わない。気負わずにスコアを虚心坦懐に眺め尽くした後に自ずから湧き出る清水のような音楽。これほど透明で作為性から遠いこの曲の演奏がかつてあったか。しかし枯れているというわけではなく、熱する時には熱するし、ロマン的な情感の発露もある。第2楽章、第2主題とその再現の崇高さ、第3楽章の快活さと終楽章の各変奏の明快な声部処理―つまり指揮者の手腕はあまりに明確なのだが、それでいて指揮者の存在が見えなくなるような、ただただ優れた「ブラームスの交響曲第4番」を聴いた、という後味しか残らない演奏。指揮者のエゴが全く感じられない音楽。昔からブロムシュテットはこういうものを目指していたように思うが、それが今さらにかつてない次元に到達している。技術から始まり技術を極め、技術の次元を超える。今やブロムシュテットとN響はここにいる。敢えて書く、筆者はブロムシュテットの熱心な支持者というわけではないが―かつてのその音楽の透明性と推進性に腰の軽さを感じることもしばしばあった―、しかしこのような音楽を耳にすれば最大限の尊敬を表明するほかない。齢97にしてより進化/深化しているのだから。
なお、ブロムシュテットは来年10月にN響に戻って来る予定、実現を心より祈る。
(2024/11/15)
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〈Program〉
Arthur Honegger:Symphony No.3,Liturgique
Johannes Brahms:Symphony No.4 E Minor Op.98
〈Player〉
NHK Symphony Orchestra,Tokyo
conductor:Herbert Blomstedt
concertmaster:Yosuke Kawasaki
cover conductor:Gergely Madaras