群馬交響楽団 東京定期演奏会|藤原聡
群馬交響楽団 東京定期演奏会
Gunma Symphony Orchestra
Tokyo Subscription Concert
2024年10月21日 すみだトリフォニーホール
2024/10/21 Sumida Triphony Hall
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
写真提供:群馬交響楽団
〈プログラム〉 →foreign language
モーツァルト:歌劇『魔笛』序曲
ブリテン:深紅の花びらは眠りにつく(日本初演)
ブリテン:ノクターン 作品60
リムスキー=コルサコフ:交響組曲『シェエラザード』作品35
〈演奏〉
群馬交響楽団
指揮:デイヴィッド・レイランド
テノール:マーク・パドモア
コンサートマスター:伊藤文乃
デイヴィッド・レイランドは8月に霧島国際音楽祭のオーケストラ、キリシマ祝祭管弦楽団を指揮するために来日していたので―サントリーホールでも公演があった―、このたびの群響への客演はわずか2カ月後のこととなる。なお、今回は京都市交響楽団にも登場、昨年は都響も指揮しているのでレイランドと日本の結びつきはますます強まっているようだ。筆者は今回が初聴きのレイランド、その手腕の確かさは伝わってきているので非常な期待をもってホールへ向かう。なお、今回のプログラムのテーマは「夜」。
最初の『魔笛』の序曲はレイランドの作り出す明確な造形の音像が非常に心地よい。と言っても特段ピリオド風味というわけではなくオーソドックスな音楽作りだ。また、シャープで引き締まってはいるが冒頭や中間部に登場するアダージョの和音などでの和声感の卓越もあり極めて緻密。この1曲から既に指揮者の力量は明らかだ。
次はマーク・パドモアが登場してのブリテン作品2曲、まずは「深紅の花びらは眠りにつく」。この作曲家の作品は日本においてはごく一部を除いてなかなか実演で取り上げられないが―それが声楽作品ならなおさら―、しかし今回がこの曲の日本初演とはいささか驚く。プログラムによれば元来『セレナード』を構成する作品として書かれたが、テニスンの詩の重複を避けるために外されたとのこと。『セレナード』がそうであるように、弦楽オーケストラの前にテノールに加えてソロホルンが登場(首席奏者の竹村淳司氏のすばらしい演奏!)。パドモアのソロは全くもって見事の一語で、単語の意味を明快に一語一語ていねいに掘り下げ、かつブリテンのいささか晦渋な旋律をいかにも自然に構築していく。パドモアと言えば個人的には王子ホールで接したシューベルトの『冬の旅』、あるいは映像で観たラトル&ベルリン・フィルのマタイ受難曲における福音史家&イエスが耳に焼き付いている。時にはいわゆる「美」の範疇をも踏み越える凄絶な歌唱。ブリテンは作品自体が抑制的に書かれてはいるが、その世界は妖しさに満ち溢れており、パドモアはそれを的確に表出する。完璧な技巧による技巧を踏み越えた世界の顕現。それはシューベルトだろうがバッハだろうが、そしてブリテンであろうが同じだ。
それは続く『ノクターン』でも同様。弦楽オーケストラの背後にファゴット、イングリッシュホルン、フルート、クラリネット、ホルン、ティンパニ、ハープが並ぶが、1曲目から7曲目まではそれぞれの曲に1つの楽器がオブリガートで加わってテノールに絡み最後の8曲目で全楽器が登場するという凝った構成を持ち、そして弦楽器は終始弱音でたゆたい、さまよう。パドモアはこの曲を2011年にharmonia mundiレーベルへ録音しているが、それから13年が経過した今回の歌唱、加齢のためか高音でいささか不安定な発声になることもありつつその美声は健在、どころかより陰影と太さを増し以前のパドモアとはまた違った歌を聴かせて圧巻であった。中でも第4曲の「真夜中のベルが鳴る」におけるオノマトペのユニークかついささか不気味な表現、そして第6曲「彼女は眠る、穏やかな最後の息で」での妖艶さはまさにブリテンの真骨頂であり、またパドモアの表現力の卓越を示して余りあるものだ。そしてレイランドは繊細なテクスチュアから成り立つ本作のオケパートを声楽とのバランスを巧みに取りながら上手く処理していた。それにしてもブリテンはなんとユニークな傑作を生み出したものか。本作に限らずブリテン作品に接するとしばしば思うことなのだが。
休憩後は『シェエラザード』。やや粗い箇所はありながらも、レイランドが作品をある種の「甘ったるさ」から爽快に引き離し、実は緻密に考えられた全体の円環構造を意識させるような演奏に仕上がっており、相当な名演奏だったように思う。伊藤文乃のソロはすばらしい美音と抑制された表現がレイランドの方向性と合致していた印象、ことさらに劇的にするでもないがこれが逆に新鮮だ。
当夜のコンサート、全体の印象としてはパドモアが「持って行った」感はあれどデイヴィッド・レイランドはなるほど良い指揮者だと思う。レパートリーも多彩な人のようだし、マーラーなどぜひ聴いてみたいものだ。
(2024/11/15)
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〈Program〉
Wolfgang Amadeus Mozart:“Die Zauberflöte”overture
Benjamin Britten:Now Sleeps the Crimson Petal
Benjamin Britten:Nocturne,Op.60
Nikolay Rimsky-Korsakov:Scheherazade,Op.35
〈Player〉
Gunma Symphony Orchestra
Conductor:David Reiland
Tenor:Mark Padmore
Concertmaster:Ayano Ito