オペラ『浜辺のアインシュタイン』|齋藤俊夫
神奈川県民ホール開館50周年記念オペラシリーズVol.1『浜辺のアインシュタイン』
Einstein On The Beach
2022年10月8日 神奈川県民ホール大ホール
2022/10/8 Kanagawa Kenmin Hall Main Hall
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by Hajime Kato/写真提供:神奈川県民ホール
フィリップ・グラス オペラ『浜辺のアインシュタイン』(一部の繰り返しを省略したオリジナルバージョン/新制作/歌詞原語・台詞日本語上演) →foreign language
台詞:クリストファー・ノウルズ、サミュエル・ジョンソン、ルシンダ・チャイルズ
翻訳:鴻巣友季子
<スタッフ>
演出・振付:平原慎太郎
演出補:桐山知也
空間デザイン:木津潤平
衣裳:ミラ・エック
照明:櫛田晃代
音響デザイナー:佐藤日出夫
舞台監督:藤田有紀彦、山口英峰
プロダクション・マネージャー:横沢紅太郎
電子オルガン・アドバイザー:有馬純寿
<キャスト>
指揮・合唱指揮:キハラ良尚
メッセンジャー:松雪泰子
トラベラー:田中要次
ブライド:中村祥子
ヴァイオリン:辻彩奈
電子オルガン:中野翔太、高橋ドレミ
フルート(マグナムトリオ):多久潤一朗、神田勇哉、梶原一紘
バスクラリネット:亀居勇斗
サクソフォン:本堂誠、西村魁
合唱:東京混声合唱団
出演・振付:浜田純平、渡辺はるか、田中真夏、佐藤琢哉、大盛弥子、城俊彦、Rion Watley、高岡沙綾、高橋真帆、町田妙子、林田海里、鈴木夢生、鳥羽絢美、青柳潤、大西彩瑛、倉本奎哉、シュミッツ茂仁香、市場俊生、小松睦、池上たっくん、村井玲美、山本悠貴、杉森仁胡
「さあ、どんな物語にしよう……恋の物語を」オペラ最後のKnee Play(関節劇と訳される)-5「始まり」でベンチに座った男はこう語りかける。
このKnee Play-5に至るまで、オペラ『浜辺のアインシュタイン』の舞台は筆者にはひたすら不条理と感じられた。
Knee Play-1-ACT-I-2場「Trial/昨日の葬列とそれにまつわる司法の機能」「ALL MEN Equel/平等の審判」では裁判官然とした謎の人物が現れ「党(?)臨時裁判を開廷します」と宣言する……が、その裁判らしきものの中身は何がなんだかわからない。その後も「どうかなヨットに風集めるか」という謎の言葉が反復され、Knee Play-3-ACT-III「Trial Prison Entry/入口と出口 壊れたエアコン」「Trial Prison/2つの望まぬ現実」「Trial Prison “I feel the earth move”/地動説」でまた繰り広げられる裁判(もしくは裁判のような何か)でも「ボージャングルさん」なる名前があちこちでこだまするように反復されるが、しかしてその「ボージャングルさん」とは何者なのか皆目わからない、というか、どの場面でも台詞の部分部分では意味があるのだが、それが集まった文は意味を構成しない。
これら、意味や条理を求めると脳味噌の関節が脱臼される舞台上で、ダンサーたちは形態的には秩序だっているが、物語的な・人間的な意味は持たない〈形と動きそのもの〉をさらけ出す。人間の形をしているが人間ではない、物体と運動としてのダンサーたちとダンス、それは確かに美しいが、同時にその人の形をした存在を見ることにある種のためらいと、さらには背徳感すらこちらに抱かせる。
だが、Knee Play-4-ACT-IV-3場「Spaceship/宇宙、空間、舟=未来」で舞台一面を透明なビニールシート状のもので覆って、月光に照らされる海面のように瞬きつつ光り輝かせてこちらの目を奪うシーンから、(おそらく)宇宙へ向かって男女が旅立つクライマックスに至る高揚感をなんと形容しようか。
音楽! この舞台の何もかもに浸透して全てを繋ぎ合わせているのはグラスの反復音楽に他ならない。不条理なものが不条理のままに現前しているのに、人間が人間を離れて物体として現前しているのに、我々がそれらをありのままに受け入れることができるのはグラスの音楽があるからこそ。グラスの音楽は条理に拘束された我々を解放し、舞台上に現れている全てのものに対して、その「今・ここ」を肯定する大いなる音楽である。
そして、その大いなる肯定は、先に述べたオペラ最後の舞台「始まり」で口にされる「恋」という形をとって我々の前に現れる。恋こそ、人間が為せる最大の不条理にして、人間が為せる最も人間的なもの。このオペラは「恋」の物語だったのだ。
「あらゆるものに終わりが訪れるけれど、君への愛は別」という語りを背後に聞き、舞台の奥を向いてヴァイオリンを掲げた男性がそれを奏でようとする最後の最後のシーンで我々が見て、聴いたものは「恋」という「音楽の始まり」であり、「人間の始まり」であり、「宇宙の始まり」である。ここに全てがあり、ここから全てが始まる。神的とすら形容できる祝福された恋のオペラを見て、聴いて、我々もまた新たに「始まった」のだ。
(2022/11/15)
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Philip Glass “Einstein on the Beach”<Original version with some repetitions omitted / New production / Lyrics original language / Dialogue Japanese performance>
Dialogue: Christopher Knowles , Samuel Johnson, Lucinda Childs
Translation: Yukiko Konosu
<Staff>
Direction and choreography: Shintaro Hirahara
Assistant production:Tomoya Kiriyama
space design: Junpei Kizu
Costume: Mylla Ek
illumination: Akiyo Kushida
acoustic: Hideo Sato
Stage director:Yukihiko Fujita, Hidemine Yamaguchi
Production manager: Kotaro Yokozawa
electronic organ advisor: Sumihisa Arima
Kanagawa Arts Foundation General Artistic Director: Toshi Ichiyanagi
Kanagawa Kemnin Hall/ Music Hall Artistic Adviser: Yuji Numano
Planning and production: Kanagawa Kemnin Hall[Designated Manager: Kanagawa Arts Foundation]
<Cast>
Conductor:Yoshinao Kihara
(Appearance)
Yasuko Matsuyuki
Yoji Tanaka
Shoko Nakamura
Ayana Tsuji (Violin)
Electronic organ: Shota Nakano, Doremi Takahashi
Flute: Junichiro Taku,Yuya Kanda, Kazuhiro Kajihara (Magnum Trio)
Bass clarinet: Yuuto Kamei
Saxophone: Makoto Hondo,Kaoru Nishimura
Chorus: Tokyo Philharmonic Chorus
Rion Watley, AOYAGI Jun, IKEGAMI Takkun, ICHIBA Toshio, ONISHI Sae, OMORI Yako, KOMATSU Mutsumi, SATO Takuya, SUGIMORI Niko, SUZUKI Nana, SUZUKI Yu, SHCMITZ Monika, JO Toshihiko, SHOJI Yasushi, TAKAOKA Saaya, TAKAHASHI Maho, TANAKA Manatsu, TOBA Ayami, HAMADA Junpei, HAYASHIDA Kairi, MACHIDA Taeko, MURAI Remi, YAMAMOTO Yuki, WATANABE Haruka