特別寄稿|第9回天籟能の会 新作能《望恨歌(マンハンガ)》 |井口淳子
第9回天籟能の会 新作能《望恨歌(マンハンガ)》
The 9th Performance of Tenrai Noh-no-kai Bokonka/Manhanga
제9회 텐라이 노가쿠모임 망한가
2021年12月25日
2021/12/25
国立能楽堂
National Noh Theatre
국립노가쿠극장
Text by 井口淳子(Junko Iguchi)
Photos by 曽和聖大郎/写真提供:天籟能の会
狂言『二人袴』 Kyogen Ninin-Bakama 쿄겐
シテ 親:野村又三郎
アド 舅:野口隆行
アド 太郎冠者:野村信朗
アド 聟:奥津健一郎
後見:奥津健太郎
農楽 Nongak (Pungmul) 한국 농악
『門ㇰッ(ムンクッ)』
『五方陣クッ(オバンジンクッ)』
『詞説(サソル)』
『農夫歌(ノンブガ)』
『個人戯(ケインノリ)』
ソゴ 歌:安 聖民
ケンガリ:神野知恵
チン:黄 麗那
チャング:柳 絢子
チャング:李 淞
プク:崔 在哲
テピョンソ:金 秀一
チャンファ:荒井康太
旗手:本杉淳悟
おはなし:保立道久(東京大学名誉教授 歴史学)
新作能『望恨歌』 Bokonka/Manhanga 망한가
作:多田富雄
演出:清水寛二
照明:上川真由美
シテ 牛の尾の老婆 李東人の寡婦:清水寛二
ワキ 九州八幡の僧:安田登
アイ 韓国丹月の村人:奥津健太郎
喪輿隊:農楽出演メンバー
笛:槻宅聡
小鼓:田邊 恭資
大鼓:大倉慶乃助
後見:加藤眞悟
山中迓晶
地謡:西村高夫、小早川修、伊藤嘉章、八田達弥
長谷川晴彦、梅若泰志、古室知也、青木健一
2021年も暮れようとする12月25日、国立能楽堂で異色の公演が幕を開けた。まずは、狂言<二人袴>が客席からの大きな笑いで終わった。すると、揚幕の向こうから異様に賑やかなカネと太鼓と囃子声が聞こえてくるではないか。勢いよく登場したのは韓国の民俗芸能、農楽(ノンアク)であった。行列になり、円陣を組み、跳び、はね、身体はしなり能楽堂は一気に全羅道の農村の響きに満たされた。客席も手拍子で呼応し、どんどん加速する農楽にノリにのる。
その異国の空気を逃さぬように後半、いよいよ<望恨歌>(1993年、多田富雄作)が始まる。チーン、チーンとかすかな鈴音が彼方から聞こえてくる。やがて薄暗い夜の舞台に姿を現したのは白装束の喪輿隊である。全羅道の村の葬儀であるらしいが誰が亡くなったのかは定かではない。
葬儀の行列が消えると、僧侶(ワキ、安田登)が登場する。僧侶は九州で横死した先の大戦における強制連行の犠牲者、李東人の手紙を、戦後、数十年も経って、全羅道の丹月の妻に届けにやってきたという。数十年という歳月の中で若き妻は老婆と成り果てており、村人(アイ、奥津健太郎)によってその辛き人生が語られる。
老婆(シテ、清水寛二)を訪ねあて対面した僧侶は李東人の手紙を手渡す。
月明かりのもと、手紙を目にした老婆は「ああ、再び見(まみ)ゆることかな」(アア、イジェヤ マンナンネ)と叫ぶ。
そこからは胸をかきむしるが如き笛、鼓とシテとワキのやりとりが続くが、ついに僧侶に促され、老婆はようよう立ち上がり、舞い始める。
この舞はいわば「舞を超えた舞」、一万の夜に降り積もった雪のように重く腹に情念を抱えた女の舞である。所作は最小限にとどめられ、スローモーションのような動きは一瞬も目を離すことができない求心力を保つ。一体どれほどの時間が経ったのだろうか。舞いおさめに老婆が左手で右胸を押さえた時、確かに私の右胸にズキリと痛みが走った。
何処かへと去っていく老婆の足取りは重く、しかし右手は何かを追い求めるように上げられていた。舞台に残るのは、老婆の降り積もる情念のみ、他には何もない。
人生は喪失の連続であり、愛するものの死を避けうる人はいない。そしていつかは自分も愛する者たちに喪失の悲しみを与えてこの世から去っていく。こんな当たり前のことをなぜ、私は能楽堂で考えているのだろう?
そして、朝鮮半島から強制連行され横死した男たちのことは当然として記憶されねばならないが、そうした男たちの妻は?子どもたちは?その断ち切られた情は、愛はいつまで居場所を探して彷徨うのだろうか。
さて、冒頭で、それぞれにこの公演にかける熱い思いを語った「天籟能の会」の安田登、奥津健太郎、槻宅聡の三氏はこの公演に先立って7回もの事前ワークショップを開催した。オンラインでも中継されたため、毎回、百名ほどが熱心に参加した。実はわれわれはその7回でかなりの予備知識を得、所作や謡、笛の唱歌(しょうが)を体験していた。少し紹介するなら、まず、能狂言の初心者を想定したレクチャーがあり、朝鮮植民地支配を歴史学の立場から捉える回があり、能の源流を東アジアの民俗的仮面劇にもとめる刺激的な問題提起があった。農楽や能の囃子を知り、かつ体験する回では、中の舞の笛の唱歌や全羅道の民謡を参加者がともに歌った。笛方と鼓方それぞれがどのように舞台を支えているのかを当事者のことばを通じて知ることもできた。(公演にあわせて刊行された野村伸一、竹内光浩、保立道久編『能楽の源流を東アジアに問う — 多田富雄『望恨歌』から世阿弥以前へ』(2021年、風響社)はこれらワークショップの内容と部分的に重なっており、多田作品への道案内ともなっている。)
ワークショップに通底していたのは、能狂言が様式も内容も固まった古典芸能ではなく、いま、この時代と社会に生きるわれわれのアートである、というメッセージであった。650年に及ぶ古典芸能は完成形をひたすら守るのではなく、現代においてなお、その存在意義が問われ続けているというメッセージであった。「伝統と革新」とか「伝統と創造」ということばは聞き飽きるほど使い回されているが、天籟能の会のメンバーは本気で(すさまじい熱量をもって)能狂言の世界に革命を起こそうとしているのか?と感じたワークショップ参加者は私だけではなかったと思う。
「演出」ということばが登場したのは最終回のワークショップであった。シテの清水寛二はこの作品を「新演出」で、と約束された。清水氏の師である観世栄夫をはじめ、この作品は1993年以来、12回上演されている。否が応でも期待は高まった。
結果として、われわれは7回のワークショップで徐々に積み上げられていた期待と予想の枠をはるかに超える<望恨歌>に出会ってしまった。
この日の<望恨歌>は頭で理解し整理できるものではなく、感応するしかない作品となっていた。シテの老婆は情が溢れるがゆえに動くことがままならず、われわれもそのような舞には情で反応するしかなかった。
前半の農楽のパンソリ唱者、安聖民さんのよくしなる官能的な肉体が李東人の若き妻だとするなら、死相があらわれた老婆と成り果てるまでの数十年の時間を一気に目撃するがごとき稀有な体験であった。
今、この体験を振り返り、思うことがひとつある。この日は昨年より続くコロナ禍の中、新種株オミクロンの市中感染が不気味に増えている年の瀬であった。もし、7回のワークショップに参加していなかったなら、私は健康リスクが大きいと公演を見送ったであろう。しかし、ワークショップの回を重ねるごとに、否が応でも<望恨歌>をこの目で目撃しておきたいという思いが募った。聞くところによると国立能楽堂の公演も昨年来、客席を埋めることが難しくなっていたという。この日、満席に近い客席から、農楽への手拍子やかけ声が絶妙のタイミングで送られ、シテが退場してもなお緊張感がゆるまず咳一つ聞こえない静寂の時間がかなり長く続いた。そして公演後には数多くの感想ツイートが流れ続けた。古典芸能ではあまり聞いたことがない現象だと思う。
天籟能の会が仕掛けた<望恨歌>は古典芸能がもつ底力とそれに寄りかからず挑戦し続けること、そのような挑戦には確実に反応する観客が存在することを証明した。
(2022/1/15)
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井口淳子(Junko Iguchi)
兵庫県生まれ。大阪音楽大学教授、文学博士。専門は民族音楽学、音楽学。主な研究テーマは「中国の音楽・芸能研究」および「東アジアの近代洋楽受容」。主なフィールドは中国農村と上海。近年は地歌箏曲をはじめとする古典芸能に関心を寄せている。主な著書に『中国北方農村の口承文化 — 語り物の書・テキスト・パフォーマンス』(風響社)、『亡命者たちの上海楽壇 — 租界の音楽とバレエ』(音楽之友社)、『送別の餃子—中国・都市と農村肖像画』(灯光舎)などがある。
個人ウェブサイト:https://wind.ap.teacup.com/guqin/