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コロナのもとでも、生で聴きたい、聴かせたい~クリスティアン・ゲルハーヘル~|藤堂清

コロナのもとでも、生で聴きたい、聴かせたい  ~クリスティアン・ゲルハーヘル~
Music can really live on live performances, even in pandemic.

Text by 藤堂清 (Kiyoshi Tohdoh)
写真:バイエルン州立歌劇場、ウィーン国立歌劇場のストリーミングより

(ライブ・ストリーミング)第5回マンデーコンサート
2020年5月4日バイエルン州立歌劇場(https://www.staatsoper.de/en/staatsopertv.html)
(上記の公開は終了)

(演奏者)
クリスティアン・ゲルハーヘル(Br.)
ゲロルト・フーバー(Pf.)

(曲目)
ドヴォルザーク:聖書の歌 Op.99, B185
  黒雲と暗闇が主のまわりにあり
  主よ、御身はわが隠れ家にしてわが盾
  神よ、わが祈りを聞きたまえ
  主はわが羊飼い
  神よ、神よ、新しき歌を歌わん
  おお神よ、わが願いを聞きたまえ
  バビロン川のほとりで
  主よ、われを顧みたまえ
  山に向かいて、われ眼を上げ
  主に向かいて新しき歌を歌え
ヴォルフ:夕べの歌(ニコラウス・レーナウ)
シューベルト:マイアーホーファの詩による歌曲
  友に D.654
  夕星 D.806
  あこがれ D.516
  リアーネ D.298
  ゴンドラの乗り手 D.808
  帰り道 D. 476
  風の中で D.669
  別れ D.475

 

バイエルン州立歌劇場のストリーミングより

舞台後方からの写真、ピアニストと歌手の姿、その先には人のいない座席が並んでいる。バルコニー席も空。シャンデリアや壁際の照明はついているので、演奏者からも状況はよくみえる。

バイエルン州立歌劇場は、コロナウイルスの感染拡大を受け、2019~2020年シーズンの3月から7月までのすべての上演予定をキャンセルした。その中には、オペラ公演だけでなく、声楽のリサイタル、バレエ公演などもあり、これらに出演予定であった人々は、舞台に立つ機会と同時に収入も失ってしまった。
歌劇場が対応策として始めたのが、Monday Concertシリーズ。少人数のパフォーマーが舞台に立ち、演奏やバレエを行う。観客は入れないが、全世界に向け同時中継されるので、見えない聴衆に向け演奏する。その後2週間オンデマンドで視聴可能とされ、聴き手の数はさらに多くなる。

バイエルン州立歌劇場のストリーミングより

5月4日に行われた5回目のコンサートは、クリスティアン・ゲルハーヘルとゲロルト・フーバーによる歌曲リサイタル。歌だけでなく、室内楽あるいはバレエとの組み合わせで作られることが多いこのシリーズのなかでは異色のプログラム、通常のリサイタルを生中継しているようであった。
ゲルハーヘルは50歳、オペラ、コンサート、歌曲リサイタル、どの音楽シーンでも充実した演奏を聴かせていた。世界トップレベルの彼でも劇場で歌うことができなかった数カ月。

ドヴォルザークの《聖書の歌》は10曲よりなる歌曲集、チェコ語での歌唱にドイツ語の字幕。ゲルハーヘルは5年ほど前からリサイタルで取り上げるようになった。自宅で楽譜をかたわらに置いて随時確認しながら、ライブの映像を楽しめるというのはいままでになかったこと。ありがたいことではあるし、字幕のタイミングも合っていてよく準備されていることはわかったが、やはり会場で体に感じる響きとはちがう寂しさを感じた。
ドイツ歌曲での端正な表情とは異なり、この曲ではダイナミクスを大きくとっている。フーバーのピアノもそれを支えるようにメリハリの利いたもの。
プログラム後半は、ヴォルフの歌曲<夕べの歌>とシューベルトのマイアーホーファーの詩による8曲。<夕べの歌>はこの作曲家としては長めの10分近くかかる作品。やはりドイツ語での歌唱の方が自然に感じられる。一番の差は弱声の使い方で、どんなに声量を落としても響きがやせることはなく、言葉がはっきりと聞き取れる。

演奏する側にとっては、観客の反応がないという点を除けば、音楽の再創造のための歌手とピアニストのコミュニケーションやライブの一回性には変わりがないだろう。だが、演奏後にゲルハーヘルがフーバーに向けた表情からは達成感は見られなかった。聴き手の側からいえば、繰り返し聴くことができることに甘え、ついつい集中力を欠く場面があった。少なくとも筆者には。
このような配信の多くが、コロナウイルス対応ということで無料で行われている。有料とすれば、聴き手の側もより集中して聴くようになるかもしれない。一方で、視聴者の数が減ってしまうことは避けられまい。だが、何らかの方法で演奏者に対価が支払われる枠組みは必要で、そのための模索が続けられている。

ウィーン国立歌劇場のストリーミングより

このリサイタルからずれるが、6月1日の第9回のマンデーコンサートにはバスのギュンター・グロイスベック(Günther Groissböck)が登場し、ゲロルト・フーバーのピアノでチャイコフスキーとラフマニノフの歌曲を披露した。演奏後、そこにはいない観客に呼びかけ、アンコールとして《ドン・カルロ》からフィリッポのアリアを歌っている。
6月になり、ヨーロッパ各地ではコンサートの再開が始まった。国によって「社会的距離」に差があるが、演奏者の間、観客同士の間をどのようにあけるかということにそれぞれ工夫と苦労をしている。

ウィーン国立歌劇場のストリーミングより

8日には、ウィーン国立歌劇場で、グロイスベックのリサイタルが「観客を入れて」行われている。歌劇場のサイトでライブ中継された。正確ではないが、同じ列の人と人の間は2席あけ、一列おきに使っているようにみえた。立見席やバルコニーは不使用、したがって聴衆は100人程度ではないか。グロイスベックが登場すると大きな拍手と歓声があがった。終演後の拍手も盛大で少ない観客を感じさせることはなかった。みな、この時を待ち望んでいただろう。グロイスベックもこの熱い拍手を待っていたに違いない。アンコールとして《ワルキューレ》から<ヴォータンの告別>を熱唱し、それに応えた。

市中に無症状の感染者がいる、また発症日の2日前から他の人に移す可能性があるというコロナウイルスの特性を考えると、どのような形でコンサートを再開していくか、様々な試行が必要だろう。でも間違いなく、みな「生で聴きたい、聴かせたい」と思っている。

(2020/6/15)

Monday Concert #5
Bayerische Staatsoper
May 4, 2020

Antonín Dvorák : Biblické písne / Biblische Lieder op. 99 (Psalmen)

  1.  Oblak a mrákota jest vukol neho
  2.  Skrýše má a pavéza má Ty jsi
  3.  Slyš, ó Bože! Slyš modlitbu mou
  4.  Hospodin jest muj pastýr
  5.  Bože! Bože! Písen novou
  6.  Slyš, ó Bože, volání mé
  7.  Pri rekách babylónských
  8.  Popatriž na mne a smiluj se nade mnou
  9.  Pozdvihuji ocí svých k horám
  10.  Zpívejte Hospodinu písen novou

Hugo Wolf : Abendbilder (Gedichte von Nikolaus Lenau)

Franz Schubert : Lieder nach Gedichten von Johann Mayrhofer

  1.  An die Freunde D 654
  2.  Abendstern D 806
  3.  Sehnsucht D 516
  4.  Liane D 298
  5.  Gondelfahrer D 808
  6.  Rückweg D 476
  7.  Beim Winde D 669
  8.  Abschied D 475

Christian Gerhaher , Bariton
Gerold Huber, Piano