三つ目の日記(2024年10月)|言水ヘリオ
三つ目の日記(2024年10月)
Text by 言水ヘリオ(Kotomiz Helio) : Guest
2024年10月9日(水)
天王洲アイル駅で下車。食事するため、前にも行ったカレー屋を目指す。店の前。店内は暗く、閉店したもよう。
10個くらいの展示を見る。
北品川駅まで、商店街を歩く。途中にあった立ち食いそば屋に入る。チェーン店ではなさそうな独自のメニュー。かき揚げそばを注文。430円。立ち食いそばの値段として妥当と考える方もいるかもしれないが、立ち食いの値段も上がっており、ここは安価な方だろう。不揃いに刻まれたねぎに、店の方の意志を感じる。つゆを二口飲む。食べ終えて扉をあけると、「いってらっしゃい」と声をかけてくれる店。
電車で有楽町駅へ。そこからは徒歩で銀座へ。京橋へ。新富町へ。日本橋へ。巳巳、永原トミヒロ、谷岡靖則といった人たちの個展、足立正平/立尾美寿紀/直野恵子/佛淵静子の四人展、その他。
永原トミヒロの作品は、前回見たときより影が暗くなり、風景の細部を包みこんだような印象。大阪、岸和田近辺の風景を描いているが、どこでもない、いつでもない。いつも、風景のなかには人が描かれていない。そのことを嚙みしめると不在があらわれる。深く沈んでいくような色彩。絵のなかの遠い光。
まだ暗い早朝の、人の歩いていないような時間に外に出て歩いてみる。風景には音がない。
10月17日(木)
新宿駅。腹がへっているので駅構内の立ち食いそば屋で食事。湘南新宿ラインに乗り横浜駅を経由して石川町駅へ。中華街にあるギャラリーを訪れる。さとう陽子の展示。
入ってすぐ右の壁の作品をしばらく眺める。覚えてはいないようなのだが、かつてこの作品を見たことがあるのかもしれない。作品のタイトルが何年か前の展示タイトルと同じだったので、おそらく見ているだろう。そして、いまここでこの作品に目を向けることのほか、自分になにができるだろうと考える。そのような時間が流れる。
会場には13点の作品がある。そのうち7点が今回初めて発表された新作。自らの絵画世界を追求し、さらにはそこから滑り抜けるようにあらたな試みを重ねていく様子を目のあたりにする。黄、ピンク、黄緑、水色、グレー、白……水色、黄、ピンク、黄緑、グレー、白……。色を追う。これらの色がまったく別の色である可能性。置かれた絵具による非定型な運動。整ってはいない。自由は幾重も彼方にあるのかもしれない。問う生が、振動する。
椅子があったので座る。ふたりの来場者があったが、すでに去った。自分はここに残っている。遠目に作品を眺める。照明の落ちた、誰もいない、夜、暗闇のなか。そういう状況で作品と空間を共にしていることを夢想する。
ギャラリーのあるビル近くの中華料理店でカレーライスを食べる。せっかく中華街に来ているのだから、おいしいものを期待したが残念。来た道をたどって駅へ。1時間半のちには帰宅していた。
10月29日(火)
3年くらい前から、意識的に展示の写真を撮るようになった。ときどきではあるが、ほかに人がいないときをみはからって会場の方や作者に声をかけ、撮らせてもらう。帰宅して、パソコンのハードディスクに保存して、折にふれ見返す。確認し、展示のこと、作品のことを思い出す。SNSには投稿しない。誰かと見せ合ってその展示について語ったりすればいいかもしれないがそのような場もない。これらの写真は誰の目にも触れることはないのだろうと思いつつ、ここのところ何回か、そういった写真をこの日記に掲載する機会があった。これからその機会を増やしてみようか。どういう写真が撮れるかによるが、写真もその日の日記の一部として記録されることになる。そんなことを思いついた。
〈記述のあった展示〉
◆永原トミヒロ展 会場:コバヤシ画廊企画室 会期:2024年10月7日〜10月19日
◆さとう陽子「世界のすきに、」 会場:1010 ART GALLERY 会期:2024年10月5日〜10月20日
(2024/11/15)
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言水ヘリオ(Kotomiz Helio)
1964年東京都生まれ。1998年から2007年まで、展覧会情報誌『etc.』を発行。1999年から2002年まで、音楽批評紙『ブリーズ』のレイアウトを担当。現在は本をつくる作業の一過程である組版の仕事を主に、本づくりに携わりながら、2024年に『etc.』をウェブサイトとして再開、展開中。