〈アンドレアス・シュタイアー プロジェクト 13〉アンドレアス・シュタイアー(フォルテピアノ)&ダニエル・ゼペック(ヴァイオリン)| 秋元陽平
〈アンドレアス・シュタイアー プロジェクト 13〉アンドレアス・シュタイアー(フォルテピアノ)&ダニエル・ゼペック(ヴァイオリン)
2024年10月26日 トッパンホール
2024/10/26 Toppan Hall
Reviewed by 秋元陽平(Yohei AKIMOTO)
Photos by ヒダキトモコ(写真提供:トッパンホール)
<キャスト> →Foreign Languages
アンドレアス・シュタイアー(フォルテピアノ、ヨハン・ゲオルク・グレーバーのオリジナル(ウィーン式/1820年製))
ダニエル・ゼペック(ヴァイオリン)
<曲目>
モーツァルト:フォルテピアノとヴァイオリンのためのソナタ ト長調 K379(373a)
ハイドン:フォルテピアノのためのソナタ 変ホ長調 Hob.XVI-49
モーツァルト:フォルテピアノとヴァイオリンのためのソナタ ホ短調 K304(300c)
モーツァルト:「ああ、私は恋人を失った」の主題による6つの変奏曲 ト短調 K360(374b)
ベートーヴェン:フォルテピアノとヴァイオリンのためのソナタ第4番 イ短調 Op.23
(アンコール:モーツァルト:フォルテピアノとヴァイオリンのためのソナタ 変ホ長調 K380(374f)より 第2楽章 Andante con moto)
演奏に接し改めて感じたのは、シュタイアーの演奏には、研ぎ澄まされた「語りへの時間感覚」のようなものがあるということだ。聴衆はまさにそこに来るべきところで音が発される心地よさに浸り続けるのだが、それは指定された時間軸上の位置に切れ込みを入れていくような固定的な時間感覚ではなく、むしろ「まさにそこに音が来るべき」と聴衆が予感することが可能となる律動を、あらかじめ、おのずからつくりだす自身の語り口を持っていることを意味する。チェンバロや、今回フォーカスされたフォルテピアノのように、アクションから音の立ち上がりまでの時間が相対的に早い楽器を薬籠中のものとすることは、それ自体こうした時間への鋭敏さを必然的に要求するし、この鋭敏なパンクチュエーションを伴う時間感覚こそが、盛期古典主義から初期ロマン派に至るゲームの規則である、イディオムの連鎖とその内部に生まれるさまざまな屈折を活き活きとしたものにするのだろう。
今回はチェリストがアクシデントで欠場という事情から、トリオからデュオ編成へと曲目の全面変更がなされた。かつてラヴェルが自身のヴァイオリン・ソナタについて、モダン・ピアノとヴァイオリンが本来音色のうえで相容れない楽器であり、そこに自覚的な作曲を試みた旨述べていた。これがラヴェルのソナタを傑作たらしめている美学だとすれば、シュタイアーとゼペックのデュオはこれと正反対の方向に開花する。単にフォルテピアノの音色がヴァイオリンとより溶け合うということではない。ゼペックはフォルテピアノの、ペダリングと音域の双方によって著しく変化する、二重の万華鏡のような色彩の諸相を、おそらくすでに長いデュオの歳月を通じて知悉していて、上を滑り、時にそこから飛び出し、縫い上げ、そしてすっと溶け込む、それによって万華鏡に三枚目の層を付け加え、すでに多少なりとも親しみ深いこれらのレパートリーの、さながらオーケストラ編曲というか、彩色版を目の当たりにしているようだった。劈頭を飾るモーツァルトのK379のゆったりしたアルペジオの奥へ奥へと広がる響きや、ハイドンの緩徐楽章の訥々とした語り出し、再びモーツァルトのホ短調ソナタ第二楽章の瞑想的なテーマ提示など、シュタイアーによるフォルテピアノの色彩を単独で噛み締める瞬間も数多かれど、ゼペックによる協奏の極意に触れずして、このデュオを語ることはできないだろう。驥尾を飾るベートーヴェンは、グレーバーのフォルテピアノの年代に最も近い、ある種の推進力を必要とする楽曲だが、ゼペックはモダンボウに持ち替えてこれを迎える。ここでもふたつのパートは驚くほどの音色の親和性をみせ、掛け合いの激しさのうちでもしっかりと手を繋ぎ合うようだ。この調和は、単にピリオド楽器の選択という形式的側面からくるのではなく、奏者や楽器の個性にお互いが耳を研ぎ澄ますことによってしか、結局のところ可能ではないのかもしれない。その意味で、名人同士の類い希なデュオであった。
(2024/11/15)
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<Cast>
Andreas Staier, Fortepiano
Daniel Sepec, Violin
<Program>
Mozart: Sonata for Fortepiano and Violin in G major K379(373a)
Haydn: Sonata for Fortepiano in E flat major Hob.XVI-49
Mozart: Sonata for Fortepiano and Violin in E minor K304(300c)
Mozart: 6 Variations on “Hélas, j’ai perdu mon amant” in G minor K360(374b)
Beethoven: Sonata for Fortepiano and Violin No.4 in A minor Op.23
(Encore / Mozart:Second movement, Andante con moto from Sonata for Fortepiano and Violin, E flat major K380(374f))