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クァルテット・インテグラ Vol.1 〜シューベルトとウェーベルンⅠ〜|藤原聡

クァルテット・インテグラ Vol.1 〜シューベルトとウェーベルンⅠ〜

2024年9月25日 王子ホール
2024/9/25 Oji Hall
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 藤本史昭/写真提供:王子ホール

〈プログラム〉        →foreign language
シューベルト:弦楽四重奏曲第9番 ト短調 D173
ウェーベルン:弦楽四重奏のための5楽章 Op.5
シューベルト:弦楽四重奏曲第13番 イ短調 Op.29,D804『ロザムンデ』
※アンコール
シューマン:弦楽四重奏曲第3番 イ長調 Op41-3〜第3楽章

〈演奏〉
クァルテット・インテグラ
  三澤響果(第1ヴァイオリン)
  菊野凛太郎(第2ヴァイオリン)
  山本一輝(ヴィオラ)
  パク・イェウン(チェロ)

 

現在第一生命ホールとトッパンホールでシリーズコンサートを進行させているクァルテット・インテグラ(以下QI)だが、この度王子ホールでも新たなシリーズを立ち上げた。まずは「シューベルトとウェーベルン」を2回に渡って開催、今回がその1回目となる。異なるホールでのこの3つのシリーズはそれぞれのコンセプトの下で多彩な作品を取り上げておりクァルテットファンには誠に喜ばしい。疑いなく若手クァルテットの中でも最高の実力を持つQIだけに今後が非常に楽しみだ。

王子ホールでのこの「シューベルトとウェーベルン」、まずは作曲者18歳時の作品である弦楽四重奏曲第9番で始まった。シューベルト10代の弦楽四重奏曲の中では充実した内容を持つ本作だが、しかし習作的な未熟さもありこれを退屈させずに聴かせるのはなかなかに難しいと想像される。ところがQIはこれを退屈どころか後年の傑作並み、とは言い過ぎにせよそれに肉薄する充実度を持ったものとして聴かせてしまう。どのパートにも弱さがなくその力量が極めて高い次元で拮抗しており、その表情の豊かさは比類ない。第1楽章の展開部開始における後年の『未完成』を予感させるようなデモーニッシュな表現、表情の変転及び音色の作り方は意表を突き、なるほどこの作曲家は若い頃から論理的整合性という側面よりも内的なパッション、さらに言うなら内なるデーモンの発露が垣間見えるような空恐ろしい作品を生み出していたのだと気付かされる。第2楽章アンダンティーノでのアーティキュレーションの異次元の統一性も凄い。QIの技術的な錬磨度はあまりに高いが、それが独り歩きせずに作品の本性を抉り出している。

既に1曲目からQIの実力に圧倒されるが、ウェーベルンもまた凄い。表情をストイックに抑制するよりは、肉厚の美音により敢えて言えば「ロマンティック」な起伏を持った音楽としてこれを捉えている気配があるが、それが例えば第1楽章や第3楽章において大変成功している。特殊奏法による音色の変化の際立たせ方も卓越。誤解を恐れずに言えば本作を非常に分かり易いものとして提示しえた演奏ではないか。そして、こういう演奏でもウェーベルンの音楽の持つ前衛性がいささかも失われないのはこの作曲家の時代を超えた超越性を改めて体感させられる(余談だが、筆者はセシル・テイラーのフリージャズにこれと同質の時代を超越した前衛性を感じる)。

休憩を挟んでは再びシューベルト、その『ロザムンデ』。QIの面々は持ち前の美音と技術で作品のテクスチュアを余すところなく表出する。第1楽章での意志的な内声の刻みと主旋律の絡みの立体性、第2楽章の感傷に陥らない品格のある歌謡性。心持ち速めのテンポを採用したメヌエットではパク・イェウンのチェロの支えの絶妙さが光る。そしてしばしばそのハンガリー色が指摘される快活な終楽章、この楽章は表面的な明るさとは裏腹にどこか無理をしてそう振る舞っているような影を常に筆者は感じるのだが、この日のQIの演奏からはそれはほとんど感じられない。恐らくはその屈託のない前進性と豊潤な音のためであろう。そういった個人的な捉え方は別として、非常に充実した名演奏であったことに間違いはあるまい。

何回かのカーテンコールの後、ヴィオラの山本一輝がマイクを持ってトーク。シューベルトに対する思い入れを語りながらもアンコールはなぜかシューマン、その弦楽四重奏曲第3番の第3楽章アダージョ・モルト。この楽章は筆者の知る限りシューマンの緩徐楽章の中でも最高のものの1つと思うが、QIの演奏は非常に優れたものだった。この楽章の特徴である不協和音や半音階進行の登場を含め、和声的あるいは旋律的な多層性を余すところなく表出、その豊かさは特筆に値する。これは単なる技術的な巧みさのみならず作品世界の内的な理解なくしては達成不可能な演奏だろう。まだ全員20代(のはず)であるQIだが、既にしてこのような完成された演奏を繰り出すとは感服するしかない。

この「シューベルトとウェーベルン」、第2回目のプログラムにはぜひとも晩年の傑作、弦楽四重奏曲第15番を入れていただきたい(と勝手にリクエスト)。恐らく瞠目すべき演奏が達成されるだろう。

(2024/10/15)


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〈Program〉
Franz Schubert:String Quartet No.9 in G minor,D173
Anton Webern:5 Movements for String Quartet,Op.5
Franz Schubert:String Quartet No.13 in A minor,Op.29,D804 “Rosamunde”
※Encore
Robert Schumann:String Quartet No.3 in A major,Op.41-3 〜 Third movement

〈Player〉
Quartet Integra
  Kyoka Misawa(1st Violin)
  Rintaro Kikuno(2nd Violin)
  Itsuki Yamamoto(Viola)
  Ye Un Park(Cello)