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9月の短評|瀬戸井厚子

♪ オペラシアターこんにゃく座公演《リア王》
2024年9月19日 吉祥寺シアター〔上演期間は9月13~23日〕 

Reviewed by 瀬戸井厚子 (Atsuko Setoi)  :Guest

 

大きな球体が宙づりになっている舞台に迎えられる。緞帳も重厚風装置もないこの空間で、きっと真新しい「リア王」に出会える、と期待が高まる。期待どおり、簡素なようで丁寧に設計された装置の動きと照明が一体となって、各景がしっかりと設えられた。
まずはキャスト全員による「バカたちのパレード」から。人間の愚かさを第一の主題とするこの上演の意図が端的に示される。後日閲覧したこんにゃく座HPの紹介動画によれば、リアが「一番のバカ」なのはいかにもだが、コーディリアは「頑ななバカ」、道化は「まともなバカ」とのこと。なるほど。
リア(大石哲史)の第一声に、筆者の耳は「!」となった。まさしく老王の声音! 脳裏に一瞬蘇ったのはあの(死ねなかった)ハムレット、そしてメロス。時の経過を、これまた納得。〔調べたら、『ハムレットの時間』は1990年、『走れメロス』は2003年でした。〕
そして二人組の道化に、これはいい!と内心大拍手。道化を二人にしたのは作曲者の希望によるものとのことだが、効果絶大、音楽的には無論のこと、視覚的にも楽しかった。
膨大な台詞量の原作を、大事な要素を何一つ取りこぼすことなくオペラ台本に仕立てた演出家の手腕は、見事としか言いようがない。上村氏、流石です! そしてオペラ『リア王』の作曲がかねてよりの念願だったという萩氏の渾身の音楽に乗って、数多い登場人物がそれぞれの生きざまを顕わにした。
歌役者さんたちはいつもどおり言葉を丁寧に届けて、みな好演。4人の楽士が劇の進行を導いたり支えたり寄り添ったりする呼吸のほどが絶妙で、客席に気持ちのいい空気が流れる。
2024年は『リア王』の当たり年(?)とかで、首都圏での演劇公演が少なくとも3種はあったようだが、人はこの戯曲に何を求めるのだろう。このこんにゃく座公演では人間の愚かさが否応なく胸に刻み付けられる。
それでも、この苦い苦い認識を得たのが、目と耳に歓びを与えてくれたオペラによってであることを思い返せば、きっと今日から明日へまた歩み続けることができるだろう。

(2024/10/15)

<出演>
リア王        大石哲史
ゴネリル       鈴木あかね(A組) 鈴木裕加(B組)
リーガン       豊島理恵(A組) 川中裕子(B組)
コーディリア     小林ゆず子(A組) 入江茉奈(B組)
ケント伯爵      佐藤敏之
オールバニ公爵    富山直人
コーンウォール公爵  北野雄一郎
グロスター伯爵    高野うるお
エドガー       泉篤史
エドマンド      島田大翼
オズワルド      彦坂仁美
道化1        金村慎太郎
道化2        沖まどか
淑女         青木美佐子
フランス王      沢井栄次
バーガンディ公爵   吉田進也
ブリテン兵、使者ほか 冬木理森
<楽士>
サクソフォン     野原孝
コントラバス     佐々木大輔
パーカッション    高良久美子
ピアノ        服部真理子(A組) 入川舜(B組)

原作      ウィリアム・シェイクスピア(小田島雄志訳による)
作曲      萩京子
演出      上村聡史
美術      乗峯雅寛
衣裳      宮本宣子
照明      阪口美和
舞台監督    大垣敏朗

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瀬戸井厚子 (Atsuko Setoi)
フリーランスの編集者として人文社会系図書の編集に携わる。
演劇集団プラチナネクストに所属して舞台活動も継続中。