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マルク=アンドレ・アムラン|藤原聡

マルク=アンドレ・アムラン
Marc Andre Hamelin

2024年9月11日 王子ホール
2024/9/11 Oji Hall
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 横田敦史/写真提供:王子ホール

〈プログラム〉        →foreign language
シューマン:森の情景 Op.82
ラヴェル:夜のガスパール
シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D960
※アンコール
ゴドフスキー:ジャワ組曲〜ボイテンゾルグの植物園
ドビュッシー:前奏曲集第2巻〜風変わりなラヴィーヌ将軍
スクリャービン:3つの小品〜練習曲 Op.2-1
プロコフィエフ:風刺 Op.17〜嵐のように

〈演奏〉
マルク=アンドレ・アムラン(ピアノ)

 

アムランの前回の来日―12年ぶりだったそうだ―は2018年。筆者は未聴だが、この際にはベートーヴェンの『熱情』やシューマンの幻想曲といったスタンダードなレパートリーをメインに据え、それ以前の「超絶技巧を要する秘曲をバリバリ弾きこなす」というこのピアニストのイメージとは違った側面を見せたという。確かに近年リリースされる録音もオーソドックスな曲目が多いが、この辺については当のアムラン自身が述べている。「以前は超絶技巧作品を多く演奏し、それをもちろん楽しんでいましたが、ある時、そろそろ次の場所に移るべきときだと感じるようになりました。ピアノのレパートリーは本当にたくさんありますから、同じものばかり弾いていれば、自分からすばらしい経験の可能性を奪うことになりますからね。最近は、ショパンやJ.S.バッハなど、スタンダードなレパートリーを改めて探求したいと感じています。また、シューベルトの変ロ長調のソナタのように、コンスタントに弾きたい気持ちになる特別な作品もあります。」(ヤマハのウェブサイト上のアムランのインタビューから)。2020年に王子ホールに初登場の予定がコロナ禍で2022年9月に延期、そしてこれも同じ理由で中止となってしまったため、今回は4年越しの待望の同ホール初登場である。やはりプログラムはオーソドックスな王道であり、アムランがそれらをどう弾きこなすか極めて興味深い。

最初に演奏されたのはシューマンの『森の情景』。1曲目の「森の入り口」からすばらしい。中域の充実した柔らかい音色と絶妙なアゴーギク、フレージングによる歌い口でシューマンの旋律の襞というか陰影をていねいに彫琢していく。対して2曲目の「茂みの中で獲物を待ち伏せする狩人」や8曲目の「狩の歌」では鋭いアクセント、あるいはいかにもアムランらしい明快で透き通った和音の構築で「ヴィルトゥオーゾ時代」の側面を垣間見せる。明らかなのは、このピアニストの水際立った技巧が、シューマンのピアノ作品の中では一見したところ特段技巧的に書かれているわけではないように見えながらそれゆえに難易度が高い本作―主要かつピアニスティックなピアノ作品が書かれた1830年代から時を経た1848年に作曲された―のテクスチュアを非常に鮮明に表出しているということ。エクリチュールの明晰さとシューマニスクな内面世界の表現の巧みさ―前者はアムランならば想定内だが、後者においても実に卓越していたのだ。このような大ピアニストに対して上から目線のような物言いで恐縮だが、どうもアムランは一段上のステージに上ったようである。

次はより即物的な技巧自体が重要となる『夜のガスパール』。ここでは強靭でクリアな打鍵、「スカルボ」で聴かれる少し紗のかかったような陰鬱な音色の作り方が凄い。技巧のキャパシティのなんという幅の広さよ。アムランの高度な技術がシューマンとはまた違った意味において完全に作品世界の表出にのみ奉仕している。

休憩後は、先に引用したインタビューで「コンスタントに弾きたい特別な作品」と述べていたシューベルトのソナタ第21番。かなりゆったりとしたテンポでたゆたうように開始された第1楽章は、抑制された表情にこめられた絶妙かつ微細なニュアンスの変化に惹かれる。それでいて流れは自然で悠然とした進行は揺るがない。展開部における沈滞はなにか地底にでも引きずりこまれそうな様相。この楽章の美しさ、そして特異性を余すところなく表現した演奏。アムランがこの作品をここまで究めつくしているとは(普通の意味でより「聴き映え」する演奏になる危惧があったのだ )。なお提示部のリピートあり。第2楽章は第1楽章とぼぼ同様のことが言えるが、快活になるイ長調の中間部でのヒロイックな表現はアムラン的な明快さが感じられ、ここは少し違和感があった。続く第3、第4楽章ではアムランは軽やかかつていねいな演奏を行っていたが、しかし前半2楽章とのアンバランスさの印象は拭い難い。本作は前半2楽章がキモであるのは間違いなく(シューベルト的に考えればこのアンバランスさにこそこの作曲家の本質があるとも言えるがそれはひとまず措く)、ここでの演奏はそのアンバランスさをも含めた作品の精神世界を十全に表現して全く見事の一語であった。
アンコールは4曲と大サービス。まずゴドフスキー作品。エキゾティックかついささかのキッチュさが漂う佳品を軽快に披露。次はドビュッシーの前奏曲集第2巻から「風変わりなラヴィーヌ将軍」だが、これは打鍵による非常に乾いた音の作り方やパロディックさを強調した表情が傑作であり、ドビュッシーがここまで分かりやすいパロディ性を求めたかは別としても全くアムランにしかできないような快演となり、続いてのスクリャービンではこの作曲家初期の濃厚なロマンティシズムを堪能させ、最後のプロコフィエフではスクリャービンとはうって変わって鋭角的な打鍵により徹底してドライな響きをピアノから叩き出す。アンコール4曲を通して痛感するアムランの表現の恐るべきキャパシティ。しかし改めて凄いピアニストだ。スタンディングオベーションが出たのもむべなるかな、早いタイミングでの再来日を望む。

(2024/10/15)

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〈Program〉
Robert Schumann:Waldszenen(Forest Scenes)Op.82
Maurice Ravel:Gaspard de la nuit
Franz Schubert:Piano Sonata in B-flat major,D960
※Encore
Leopold Godowsky:Java Suite〜The Gardens of Buitenzorg
Claude Debussy:Préludes, Deuxième Livre〜Général Lavine-excentrique
Alexander Scriabin:3 Pieces〜Etude,Op.2-1
Sergei Prokofiev:Sarcasms,Op.17〜Tempestoso

〈Player〉
Marc-André Hamelin(Piano)