Menu

東京と武生でのアルディッティ弦楽四重奏団の演奏とマスタークラスを聴いて|柿木伸之

©武生国際音楽祭推進会議

東京と武生でのアルディッティ弦楽四重奏団の演奏とマスタークラスを聴いて
Arditti Quartet’s Performance and Masterclass in Tokyo and Takefu

Reviewed by 柿木伸之(Nobuyuki Kakigi)
写真提供:合同会社ノヴェレッテ

<演奏>        →foreign language
アルディッティ弦楽四重奏団

<演奏曲目>
サントリーホール・サマーフェスティバル2024より
ザ・プロデューサー・シリーズ──アーヴィン・アルディッティがひらく
室内楽コンサート1:2024年8月22日(木)19:00開演/ブルーローズ
 •武満徹:弦楽四重奏のための《ア・ウェイ・ア・ローン》(1980)
 •ジョナサン・ハーヴェイ:弦楽四重奏曲第1番(1977年)
 •細川俊夫:ピアノと弦楽四重奏のための《オレクシス》(2023年)ピアノ:北村朋幹
 •ヘルムート・ラッヘンマン:弦楽四重奏曲第3番「グリド」(2000/01年)
室内楽コンサート2:2024年8月25日(日)15:00開演/ブルーローズ
 •エリオット・カーター:弦楽四重奏曲第5番(1995年)
 •坂田直樹:弦楽四重奏のための《無限の河》(2024年)
 •西村朗:弦楽四重奏曲第5番「シェーシャ」(2013年)
 •ハリソン・バートウィッスル:弦楽四重奏曲「弦の木」(2007年)

武生国際音楽祭2024よりアルディッティ弦楽四重奏団の演奏曲目
細川俊夫と仲間たち:2024年9月6日(金)19:30/越前市文化センター
 •上野ケン:《陰翳礼賛》(2024年)
 •細川俊夫:ピアノと弦楽四重奏のための《オレクシス》
 •ヒルダ・パレデス:ピアノと弦楽四重奏のためのソプレ・ディアロゴス・アポクリフォス(2024年)
 •ジェルジ・リゲティ:弦楽四重奏曲第2番(1968年)
新しい地平コンサートII:2024年9月7日(土)/越前市文化センター
 •西村朗:弦楽四重奏曲第5番「シェーシャ」(2013年)
新しい地平コンサートIII:2024年9月7日(土)/越前市文化センター
 •塚本瑛子:弦楽四重奏のための《接続詞》(2024年)
 •坂田直樹:弦楽四重奏のための《無限の河》(2024年)
クァルテット・インテグラのための公開マスタークラス:2024年9月6日(金)/越前市文化センター
 •ジェルジ・リゲティ:弦楽四重奏曲第2番(1968年)

 

現代の弦楽四重奏のみならず、音楽そのものを牽引してきたと言っても過言ではないアルディッティ弦楽四重奏団が今年、結成から50年の大きな節目を迎えた。それを記念し、このクァルテットの主宰者で結成以来第一ヴァイオリンを担当しているアーヴィン・アルディッティは、2024年のサントリーホールのサマーフェスティバルのプロデューサーに迎えられた。8月22日から開催された彼のプロデュースによる演奏会のうち、22日夜と25日の午後の演奏会を聴いた。これに加え、9月1日から8日にかけて福井県越前市で開催された武生国際音楽祭のメイン・コンサートにおけるアルディッティ弦楽四重奏団の演奏に接することができた。
アルディッティと第二ヴァイオリンのアショット・サルキシャン、ヴィオラのラルフ・エーラース、そしてチェロのルーカス・フェルスの四名は、サマーフェスティバルの8月25日午後の演奏会、武生国際音楽祭の9月6日と7日に開催された演奏会において、坂田直樹の弦楽四重奏のための《無限の河》、上野ケンの《陰翳礼賛》、そして塚本瑛子の弦楽四重奏のための《接続詞》という三つの作品の世界初演を行なった。結成から半世紀を経て、今も同時代の音楽の新たな展開を伝え続けるアルディッティ弦楽四重奏団の姿を目の当たりにできたのは貴重だった。これらの演奏において四名の奏者は、作品の響きを徹底的に研ぎ澄ましていた。

塚本の《接続詞》においてアルディッティ弦楽四重奏団は、透明感のある音響の微細な移行が、ヴェーベルンの六つのバガテルを想起させる仕方で断章を連ねたこの作品の構成と結びついていることを伝えていた。また上野の《陰翳礼賛》においても、響きの明暗の転換が浮遊感を伴うかたちで表現されていた。坂田の《無限の河》の演奏は東京と武生の両方で聴いたが、それは狭義のノイズと楽音を行き来しつつ、一が多であり、多が一を表わすという華厳思想を、澄んだ流れのなかで表現しようとする作品の姿を見事に伝えるものだった。
坂田の作品では、作曲家が念頭に置いたという尺八の息音を含む響きを思い起こさせる仕方で通常の奏法と特殊奏法を行き来し、音響の分化と収束を繰り返し、際限のない多様性と一なる存在の折り重なりを深めていく流れが特徴的だが、それが武生での演奏においていっそう自在に表現されていたのが印象に残る。そこには、作曲家との対話を重ねながら作品を深く摑もうとするクァルテットの姿勢も表われていた。同様のことは、こちらも東京と武生の両方で聴いた細川俊夫の《オレクシス》の演奏からも感じられた。ピアニストの北村朋幹とアルディッティ弦楽四重奏団は、今年の3月にベルリンでこのピアノ五重奏曲の世界初演を行なっている。

©武生国際音楽祭推進会議

細川が作品の表題に掲げたギリシア語の言葉は、本能的欲求を表わすという。この作品においては、魂の深淵を垣間見せるかのような音響の上で上昇音型と下降音型が緊密に絡み合いながら激烈な運動に発展し、それが最終的には鎮まっていく。その継起の緯糸をアルディッティ弦楽四重奏団が紡いでいくわけだが、流れの節目ごとに打ち込まれる北村のピアノは、響きが研ぎ澄まされているがゆえに途方もない深みを全体の音響にもたらしていた。《オレクシス》の日本初演となった東京での演奏における両者の緊迫感に満ちた遣り取りも印象的だったが、9月6日の武生での演奏においては、ピアノとクァルテットの一体性がさらに強まり、聴き手を巻き込む大きな流れが形成されていた。そこからは両者の作品へのアプローチの深まりも感じられる。
細川のピアノ五重奏曲は、生の根底にある欲求の解放、さらには救済を求める切実な憧憬を強い響きで歌いながら、最終的に生の深い肯定に向かおうとするものと言えよう。その流れからは、細川が考えてきた螺旋をなす「循環する時間」と、切断と開始の双方をなす「垂直的な時間」の深化した総合も感じられる。それが《オレクシス》では、ピアノとクァルテットの緊密な対話から響く。このような音楽の姿は、細川の新作オペラ《ナターシャ》に連なっていくものかもしれない。来年8月に新国立劇場で予定されているその初演が待たれる。

©渡辺和

アーヴィン・アルディッティがプロデュースしたサマーフェスティバルの演奏会においては、細川と坂田の作品のほか、武満徹の弦楽四重奏のための《ア・ウェイ・ア・ローン》、ジョナサン・ハーヴェイの弦楽四重奏曲第1番、ヘルムート・ラッヘンマンの弦楽四重奏曲第3番「グリド」、エリオット・カーターの弦楽四重奏曲第5番、西村朗の弦楽四重奏曲第5番「シェーシャ」、ハリソン・バートウィッスルの弦楽四重奏曲「弦の木」が取り上げられた。西村の弦楽四重奏曲は、アルディッティの60歳の誕生日を祝って彼に献呈されている。彼が主宰するクァルテットは、結成50年を記念する演奏会を、昨秋亡くなった作曲家に捧げた。
2013年にロンドンのウィグモア・ホールで初演された西村の弦楽四重奏曲は、インドの神話に登場する幾千もの頭を持った蛇から得られた着想にもとづくという。作品の後半では、土を踏みしめるようなリズムが輪舞のように繰り広げられる。アルディッティ弦楽四重奏団の演奏でその展開を聴くと、この「聖蛇」の頭の仮面を着けた人々が一瞬静止し、こちらを振り向いてはまた踊りに還っていく姿とともに、それが象徴する世界の広がりが想像される。クァルテットは武生でも西村の作品を取り上げた。東京で聴いた作品のなかでは、8月22日に聴いたラッヘンマンの弦楽四重奏曲が強烈な印象を残した。さまざまな特殊奏法が駆使されるなか、一つの響きの肉体が立ち上がり、その脈動が迫ってきた。一連の演奏会の白眉をなす出来事だった。

©渡辺和

アルディッティ弦楽四重奏団は、武生国際音楽祭においては作品の初演を含む演奏を繰り広げただけでなく、9月6日には公開のマスタークラスも行なった。そこで四名のメンバーの指導を受けたのは、クァルテット・インテグラ(ヴァイオリン:三澤響果、菊野凛太郎、ヴィオラ:山本一輝、チェロ:パク・イェウン)。この弦楽四重奏団が取り上げたのは、ジェルジ・リゲティの弦楽四重奏曲第2番だった。その複雑な各パートを弾きこなす四名の姿にも感嘆させられたが、アルディッティ弦楽四重奏団のメンバーによる指導の的確さと熱心さには深い感銘を受けた。なかでもアーヴィン・アルディッティは、すでに百回を超えて取り上げてきたリゲティの弦楽四重奏曲を各地で演奏した際のエピソードをユーモアを交えて紹介しながら、その各楽章の音楽の特徴を説明し、そのうえでこれをどのように実現しうるかを、具体的な奏法を含めて伝えていた。
彼以外のメンバーも、弓の遣い方やピツィカートのやり方に至るまで、時に楽器を弾きながら指導していた。その姿から伝わってくるのは、作曲家が楽譜に記したことをどのように明確に響かせうるかを、それぞれの楽器で徹底的に追究する、メンバーが共有する基本的な態度である。それが同じ6日の夜に行なわれたリゲティの弦楽四重奏曲第2番の演奏に生かされていたのは言うまでもない。それによってこの曲の第2楽章では、恐ろしいまでの静けさが広がっていく。第4楽章では響きの塊が、突き刺すかのように次々とこちらへ迫ってきた。リゲティの作品の潜在力を発掘しつつあることも感じさせるアルディッティ弦楽四重奏団の演奏だった。

(2024/10/15)

—————————————
[Players]
Arditti Quartet
Violin: Irving Arditti
Violin Ashot Sarkissjan
Viola: Ralf Ehlers
Violoncello: Lucas Fels

[Performed Pieces in Tokyo and Takefu]
From Suntory Hall Summer Festival 2024
The Producer Series: Irvine Arditti
Chamber Music Concert 1: August 22, 2024 at Blue Rose
 •Toru Takemitsu: A Way a Lone for String Quartet (1980)
 •Jonathan Harvey: String Quartet No. 1 (1977)
 •Toshio Hosokawa: Oreksis for Piano and String Quartet (2023) Piano: Tomoki Kitamura
 •Helmut Lachenmann: String Quartet No. 3, “Grido” (2000/01)
Chamber Music Concert 2: August 25, 2024 at Blue Rose
 •Elliot Carter: String Quartet No. 5 (1995)
 •Naoki Sakata: Infinite River for String Quartet (2024)
 •Akira Nishimura: String Quartet No. 5, “Shesha” (2013)
 •Harrison Birtwistle: String Quartet No. 3, “The Tree of Strings” (2007)

Performed Pieces by Arditti Quartet at Takefu International Music Festival
Toshio Hosokawa and His Friends: September 6, 2024 at Echizen City Cultural Center
 •Ken Ueno: In Praise of Shadows for String Quartet
 •Toshio Hosokawa: Oreksis for Piano and String Quartet (2023) Piano: Tomoki Kitamura
 •Hilda Paredes: Sombre diálogos apócrífos for Piano and String Quartet (2024) Piano: Tomoki Kitamura
 •Görgy Ligeti: String Quartet No. 2 (1968)
New Horizons Concert II: September 7, 2024 at Echizen City Cultural Center
 •Akira Nishimura: String Quartet No. 5, “Shesha” (2013)
New Horizons Concert III: September 7, 2024 at Echizen City Cultural Center
 •Eiko Tsukamoto Conjunction for String Quartet (2024)
 •Naoki Sakata: Infinite River for String Quartet (2024)
Open Master Class for Quartet Integra: September 6, 2024 at Echizen City Cultural Center
 •Görgy Ligeti: String Quartet No. 2 (1968)
(Quartet Integra Violin: Kyoka Misawa, Rintaro Kikuno, Viola: Itsuki Yamamoto, Violoncello: Ye Un Park)