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NEO- Symphonic Jazz at 芸劇 マリア・シュナイダー plays マリア・シュナイダー|齋藤俊夫

NEO- Symphonic Jazz at 芸劇 マリア・シュナイダー plays マリア・シュナイダー
NEO- Symphonic Jazz at Tokyo Metropolitan Theatre, Maria Schneider plays Maria Schneider

2024年7月27日 東京芸術劇場コンサートホール
2024/7/27 Tokyo Metropolitan Theatre, Concert Hall
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by ©T.Tairadate

<演奏・曲目>
プロデュース:挾間美帆
作曲・指揮:マリア・シュナイダー
ソプラノ:森谷真理(+)

Part 1 with 池本茂貴isles(ラージ・アンサンブル)
   『Wyrgly』
   『Journey Home』
   『Sky Blue』
   『Dance You Monster to My Soft Song』

Part 2 with 特別編成チェンバー・オーケストラ
   『Hang Gliding』(挾間美帆編曲)
   『Sanzenin』(挾間美帆編曲)(日本初演)
   『Carlos Drummond de Andrade Stories』(日本初演)(+)
    1. Prologue
    2. The Dead in Frock Coats
    3. Souvenir of the Ancient World
    4. Don’t Kill Yourself
    5. Quadrille
(アンコール)『Walking by Flashlight』(+)

第1曲『Wyrgly』序盤、ドラムスがバンド全体をリードして次第に広がるジャジーな音空間を眼前にした時点でどうしようもなく「カッコ良い……」と思わざるを得なくなる。自分のメインフィールドであるクラシック系現代音楽とは全く、ではないが、大きく異なるその力みのない「カッコ良さ」にコロッとやられてしまう。ソロのパートの後に拍手が入ったり、曲が終わってどこからか「イエア!」と掛け声が挙がったりするのもクラシックにはない文化だ。正直、「カッコ良い」と思いつつもそれに従順になれない筆者の心持ちもあった。
だが、『Journey Home』の渋い夜の大人の音楽、『Sky Blue』の物腰柔らかな、だがキメる所ではキメる、男も惚れる優男の音楽を聴いているうちに、「頭の力を抜け、音楽に身をまかせろ」と頭のチャンネルが新たに接続されていく。ほらほら、もっと正直になれ、と音楽が誘ってくる。
『Dance You Monster to My Soft Song』、トロンボーンがバッソ・オスティナートを奏でるその上でバリトン・サクソフォーンがソロを歌う。ワイルドでビター。トランペット2人のソロは悪い男の色気、日本的な湿っけなど皆無の都会の乾燥した空気。クラシックにはない複雑な和声進行でズバリ!と幕を閉じる。
ここまでの前半で、マリア・シュナイダー作曲・指揮による池本茂貴islesの「カッコ良さ」に筆者は完全にやられてしまった。してみるとislesが黒ずくめなのも実に様になっているではないか。これだからモテる人間は違うな、私のような芋臭い現代音楽ファンとは、などと考えてしまう。

こうなってくると後半、特別編成チェンバー・オーケストラ(こちらは上は白、下は黒の衣装で揃えていた)によるシュナイダーの音楽聴取体験は俄然としてただひたすらに音を楽しむばかりになる。
『Hang Gliding』はファンタスティックなピアノとオーケストラと木管が空に色を塗り、そこを弦楽器が飛翔するがごとく吹き抜ける。自由だ。風のごとく鳥のごとく自由だ。物凄く難しいはずだが軽やかに奏でられるヴィオラソロのグルーヴ感がたまらない。この感覚は吉松隆の最良の仕事にも少し通じる所がある、とも思えた。
京都大原三千院に着想を得た『Sanzenin』はウィンドベルと鳥笛が三千院の空気を形作り、そこから弦楽器、やがてオーケストラと響きが広がっていく音詩的作品。フルートとヴァイオリンが鳥となって飛び交いつつ鳴き交わす。最初からずっとシャコンヌのようなゆったりとした和声の反復が続き、全てが夕空の中に消えていく。美しい、と素直かつしみじみと感じさせられる。
『Carlos Drummond de Andrade Stories』第1曲「Prologue」はチャイコフスキー風のワルツのように最初は聴こえたが、森谷真理のヴォカリーズが入るとれっきとしたジャズになる。悲しい女の歌がこれから始まる、と身構える。
第2曲「The Dead in Frock Coats(フロックコートを着た死者たち)」第2次世界大戦前夜の大衆歌曲を連想させる。となると、現在の世界もまた「大戦」前では?とすら……。色気と気高さがデカダンスな酒の匂いとともに伝わってきて、慰めるようにピアノが浄化の長調の調べを奏でて第3曲「Souvenir of the Ancient World(遠い世界のおもいで)」へと繋がる。
これは今はもう遠い世界となってしまった静かな過去を偲ぶ歌。第1パラグラフ最後の”the whole world -Germany, China- all was quiet around Clara”では森谷が圧倒的な声量を発揮し、第2パラグラフの”They had gardens, they had mornings in those days!”ではしっとりとした声で曲を締める。何もかもが失われたのだろうか。
第4曲「Don’t Kill Yourself(自分を殺さないで)」不思議な音階と和声による、母が子に宛てての歌。ある時は堂々と、ある時は切々と歌うが、全体としては寂しく、終結部”Love in darkness, no, in daylight, is always sad, Carlos, my boy, but don’t tell anyone, nobody knows or will know.(愛は暗闇のなか、いや、日光のなかで、いつも悲しい、カルロス、愛しい我が子よ、でも誰にも言わないで、誰も知らないし知ることもないのだから)”の歌声がこちらの心臓から涙を流させる。
そこから一転して奇妙な円舞曲的歌詞によって、陽気とも陰気とも取れる感覚が複雑なタンゴのリズムと和声構造で喚起させられる第5曲”Quadrille(カドリール)”、最後の「ラ・ラ・ラ・ラ・ラー」という声が無常観すら抱かせて全曲を終える。
アンコール『Walking by Flashlight』は朝日に目覚めて動き出す世界の歓喜の歌。ピアノが輝き、クラリネットの光が射し込み、ソプラノが羽ばたく。見事、見事のステージであった。

カッコ良くて良いんだ、という解放感、これもまた「現代」の音楽なんだ、という解放感に包まれた。おーい、みんなー、ここにカッコ良い現代の音楽があるぞー、そう呼び声を挙げたくなる夏の1日であった。

(2024/8/15)

<Players and Pieces>
Producer: Hazama Miho
Composer / Conductor: Maria Schneider
Soprano: Moriya Mari(+)

Part 1 with Ikemoto Shigetaka Large Ensemble (isles)
   Wyrgly
   Journey Home
   Sky Blue
   Dance You Monster to My Soft Song

Part 2 with Special Chamber Orchestra
   Hang Gliding (arr. Hazama Miho)
   Sanzenin (arr.Hazama Miho)(Japan Premiere)
   Carlos Drummond de Andrade Stories (Japan Premiere)(+)
    1. Prologue
    2. The Dead in Frock Coats
    3. Souvenir of the Ancient World
    4. Don’t Kill Yourself
    5. Quadrille
(encore)Walking by Flashlight(+)