Menu

トリオ・ヴァンダラー|丘山万里子

トリオ・ヴァンダラー
Trio Wanderer

2024年6月28日 紀尾井ホール
2024/6/28 Kioi Hall
Reviewed by 丘山万里子(Mariko Okayama)
Photos by 堀田力丸/写真提供:公益財団法人 日本製鉄文化財団

<演奏>        →foreign language
ヴァンサン・コックpf
ジャン=マルク・フィリップ=ヴァルジャベディアンvn
ラファエル・ピドゥvc

<曲目>
ブラームス:ピアノ三重奏曲第1番ロ長調 op.8(1854年初版)
シューベルト:ピアノ三重奏曲第2番変ホ長調 op.100, D929
(アンコール)
ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第6番変ホ長調 op.70-2より第2楽章 アレグレット

 

至芸という他ない。
トリオ・ヴァンダラーはパリ音楽院時代に結成、以来不動のメンバーで活躍する常設トリオ。1988年ミュンヘン国際コンクール優勝後、米国でも磨きをかけ、欧米両スタイルのいいとこどりでトリオの王道をゆく。紀尾井ホールには26年振りの登場とか。
3人がステージに現れただけで、いいものを聴かせてもらえる、という信頼が湧く。
このところ若手群のイケイケ的なものに弾みっぱなしであった筆者は、その演奏のいぶし銀の味わいに居住まいを正しつつ、音楽の奥深さに改めて浸った一夜であった。

前半ブラームス『第1番』は1854年初版を用いての演奏で、先人ベートーヴェンの偉大さ、その歴史的意味を眼前に、はたまたシューマンとの出会いの高揚にあって、我が道模索中の青麦の清しい香りと夢の横溢する作品。この初版、第1楽章でのフーガ、第3楽章シューベルト『白鳥の歌』、第4楽章ベートーヴェン『はるかな恋人に』からの引用もあり、微笑ましい。その青春の香気を、音色音質の揃った緻密なアンサンブルで描出、とりわけ第2楽章スケルツォの優雅なギャロップ(昔見たウィーンのスペイン乗馬学校でのショーを思わせる)に、この弾み具合は逆に若手には出せないかも、と思った次第。

彼らの何たるかは、後半シューベルトに示される。
ここでのピアノの推進力の変幻自在、弦二人を存分に遊ばせながら全体を造形してゆくその闊達に目眩む思い。第1楽章、弦をつなぐ疾走スケールのコロコロ感と言ったら小粒な光珠が転げてゆくようで、それだけで天に昇ったり地へ降ったりする気分。あるいは優しい旋律を、身投げアルペッジョできららに彩ってゆく。シューベルトという人は、このようにくるくる変化する豊かな音楽想念に取り巻かれて筆を走らせていたのだ、と実感。にしても音階、トレモロ、同音連打の分割フレーズ、和声のちょっとした細工だけで無限美世界を創出するシューベルトの凄さには脱帽だ。彼にとっては見上げる空をわたる風、雲と光のうつろいをそのまま映し取っただけなのであろうが。同時に、終部、低音オクターブで打ち込むピアノの構えと応じる弦に、このトリオの風格が漂う。
第2楽章で歌われるチェロの旋律は『太陽は沈み』(スウェーデン民謡)からのものだが、どうしても『冬の旅』を想起させ、心の痛覚をそっといたわるかの調べにじわっとくる。一貫して刻まれる静けき歩調のたたえる寂寥。一方で、跳躍音程をずっしり響かせ、劇的高揚を創る響き捌きに作曲家の内面の吐露が聴こえるようで、年月を経ての彼らの練達を見る。
一転、第3楽章、きっかりしたアクセントでの躍動、ピチカートの跳ね具合、弦の同音ギザギザトレモロの尖鋭などそれぞれの表情の変化と多彩に各人が際限なく踊る。巧い。
終楽章。グイグイ大股の第1主題、爪先立ちで小走りの第2主題と対比的な楽句が生み出す大胆な空間構造、第2楽章の調べの回想(ここでは力強い歌い口)からの大波小波のクライマックス、回想旋律とチラチラ光を瞬かせるごとき第2主題の交錯の美しさ。作曲家の描く永遠の螺旋を昇りつめてゆく彼らに、こちらも天を仰ぐ気分。
最後の一音、中宙にピアノ打音と2つの弓が収まったとき、天体シューベルトを巡る彼らの軌道が、筆者には鮮やかな弧となって見えた気がした。
大仰なパフォーマンスもなく、想いを交わすアイコンタクトの頻繁もなく、熱情のまま力任せでの突進もなく、互いをひたすら聴き合うアンサンブルを研ぎに研いで極める、これぞこのトリオの真骨頂。
シューベルトはまさに「Wanderer」そのものであった。

アンコールのベートーヴェンのアレグレット、どう愛らしく振る舞っても、シューベルトの後ではサマにならない、そんな洒落たオチで、つい笑ってしまう。
年輪のなせる余裕、さすが。

なお、当日のピアノ譜めくりは葵トリオ(2018年ミュンヘン国際コンクール優勝)のピアニスト秋元孝介。
継がれてゆくもの、を嬉しく実感であった。

(2024/7/15)

—————————————
Trio Wanderer

<Member>
Vincent Coq (piano) , Jean-Marc Phillips-Varjabédian (violin ), Raphaël Pidoux (cello)

<Program>
Brahms: Piano Trio No.1 in B major, op. 8 ( 1854 Original version)
Schubert: Piano Trio No. 2 in E-flat major, op. 100, D929
(Encore)
Beethoven: Piano Trio No. 6 in E-flat major, op. 70-2, 2nd movement Allegretto