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クァルテット・インテグラ|丘山万里子

クァルテット・インテグラ
Quartet Integra

2024年5月30日 トッパンホール
2024/5/30 TOPPAN HALL
Reviewed by 丘山万里子(Mariko Okayama)
Photos by 大窪道治/写真提供:トッパンホール

<演奏>        →foreign language
クァルテット・インテグラ:
三澤響果(1st ヴァイオリン)
菊野凜太郎(2nd ヴァイオリン)
山本一輝(ヴィオラ)
パク・イェウン(チェロ)

<曲目>
ドビュッシー:弦楽四重奏曲 ト短調 Op.10
バルトーク:弦楽四重奏曲第5番 Sz102
〜〜〜
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第9番 ハ長調 Op.59-3《ラズモフスキー第3番》

(アンコール)
スメタナ:弦楽四重奏曲第1番 ホ短調《わが生涯より》第3楽章 Largo sostenuto

 

いやあ、面白かった。
特にベートーヴェンには笑ってしまった。
元気溌剌、斬新颯爽、キレッキレ。
どうだい、これが僕らのベートーヴェン!との勇ましき宣言。

今をときめくクァルテット・インテグラ。2021年バルトーク国際コンクール第1位、翌年ミュンヘン国際音楽コンクール2位と、昨今の室内楽での日本の躍進ぶりをさらに印象づけた面々。現在、ロサンゼルスのコルバーン・スクールにレジデンス・アーティストとして在籍。この度、トッパンホールでの新プロジェクト第1弾に登場となった。
手に馴染んだドビュッシー、プロジェクトの軸となるバルトークの第5番、さらにベートーヴェン第9番と重量級を並べてのステージ。

筆者、2018年トッパンでのフォーレ四重奏団公開マスタークラスに出かけ、メンバーの発する問いに「お顔見合わせ曖昧笑顔」の受講生らにショックを受けた。10年ほど前、あちこちの音楽祭での講習風景を見聞していた頃と少しも変わらないじゃないか。で、久々にサントリー室内楽アカデミーを数度参観、現状視察、その中にこのクァルテットが居たのである。
技術ばかりでなくその反応ぶりに、いずれ出てくると思ったがやっぱり。
教わるばかりじゃなく、自分たちで考え、どんどん試みる。
そういう姿勢と気概がここ数年の若いクァルテット群には満ち満ちて、空気がガラリ変わった実感がある。パンデミックは音楽への「飢餓」という意味でもさまざまに大きかったのだ。
古くは東京クァルテットが国際舞台の扉を開き、そのメンバーが上述アカデミーで教えるという巡りにあって、何を継承し何を自らのものと選択するかの感性と思考回路が育ち、花開いてきたと言うべきだろう。大事なのは「選択」で、今の彼らはそれができる。その受け皿になり背を押す現場も聴衆も増えた。
結果がこのスリリングなベートーヴェン。
欧米最先端の新しい波々の、ジャンルを超えた多様なチャレンジぶりを間近に見つつ、自分たちはどうありたいかの意識と自覚の芽生えをそこに見たい。

序奏部での和音強奏からの不穏。
やっぱりベートーヴェンは冒険王、いや、名だたる作曲家は全てそう、と、当夜第1曲のドビュッシー冒頭を思い、納得だ。そこから快活Allegro vivaceが快速展開。
音階は、おしゃべり。
たった一行の音階を上り下りするのに、彼らは思いっきり自分の口調でやる。
ものすごい早口だったり、アクセントをつけたり。相槌はそれに突っ込んだり引っ込んだりやり返したり、で。だからフレーズ往来は、みんなのワイワイ会話で飛んだり跳ねたり賑やか。
これが四重唱、いや、四重奏の醍醐味。
発語・発話の組み立て、ストーリーの流れ。
古典派までの作曲家は音列音階和声だけで縦横無尽、自由自在に音を動かし、優美な舞踊から壮大な音の大河大伽藍構築にまで及んだが、中でもそのスーパースターがベートーヴェン、よくまあこれほど緻密に大胆にやったものだ、と時代を駆ける彼の人の荒い鼻息が、本作にも聴こえるようだ。
と、そんなふうに彼らは弾く。
1stvnの明晰さ、2nd vnの当意即妙、新たに加入のvcの力感、vaの統合力と、それぞれの個性を主張しつつ交わされる会話の妙、目まぐるしい走句の疾走と刻みのシャープにまず刮目。
一転、短調の第2楽章はなんといっても、vcのピチカートの豊かな鳴りが魅力。その上に前楽章とはまるで異なる1st vn の艶やか音色にちょこっと流し目目線の抒情ラインが浮かぶ。絡む2nd vn、vaがいい味。第3楽章メヌエットの弾みとGraziosoの交錯の巧み。

終楽章が断然すごい。ラズモフスキー3曲フィナーレを飾る壮大スケール、筆者、これはラップだ、と仰け反ったのである。急速回転回し蹴りみたいに積み上がるフーガ、中盤1st vnから順次継がれる各声部のサーカス芸、猛然ダッシュをガシガシ煽るvc、一瞬身を潜め、からの全員一丸超速噴射に客席もろともぶっ飛んだのであった。
まるで劇画、とめくじら立てる向きもあろうし、以前は筆者もそう揶揄ったかもしれないが、パンデミックを含むここ数年、筆者も大いに変わった。破顔一笑もご理解いただけようか。

ベートーヴェンが極めた世界を知れば、もう無理無理、と近・現代に踏み出すほかなかったドビュッシー、バルトークの位置をつくづく思う。
それをインテグラ、ドビュッシー冒頭、響きのエグ味で知らしめつつも、音色の透明、ふうわり空気感での色彩世界、精緻なニュアンスを丁寧に拾い、その音楽の出どころを示して見せた。バルトークの「野生」を存分に遊ぶ若さの横溢もまた。
パク・イェウンの加入でぐんと攻めに拍車がかかったようで、今後がいかにも楽しみ。
願わくば、いずれ現代日本作品にも手を伸ばして欲しいものだ。

(2024/6/15)

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<Artists>
Quartet Integra
[ Kyoka Misawa, vn / Rintaro Kikuno, vn / Itsuki Yamamoto, va / Ye Un Park, vc ]

<Program>
Debussy:String Quartet in G minor Op.10
Bartók:String Quartet No.5 Sz102
Beethoven:String Quartet No.9 in C major Op.59-3 “Rasumowsky No.3”

(Encole)
Smetana:String Quartet No. 1 in E minor “From My Life” 3rd Movement Largo sostenuto