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パリ・東京雑感|奴隷状態に酔いしれる永遠のロシア?|松浦茂長

奴隷状態に酔いしれる永遠のロシア?
Eternal Russia:Intoxicated by Slavery

Text by 松浦茂長(Shigenaga Matsuura)

 

民族の「魂」などというものを持ち出すのは、いまは流行らない。世代が違うとおたがい異星人みたいに見える、変化の早いこの時代に、永劫不変の国民性のようなものがあるなんて信じられるだろうか? ところが、ラジオ・フランスで、お気に入りの歴史番組を聞いていたら、200年も前の『1839年のロシア』なる本を取り上げ、いきなり「世の転変を通じて変わらぬ、民族固有の本質」みたいなことを言い出した。その日の番組はタイトルからして大時代で『永遠のロシア』。
でも番組を聞くうちに、僕がモスクワで暮らしながら感じたロシア臭さが、そっくりそのまま、天才的明快さで言い表されているのに驚かされ、恐ろしくなった。共産主義ロシアもプーチンのロシアも1839年のロシアと同じ強権と隷従の国だった、民族の魂は変らなかったのだ?

アストルフ・ド・キュスティーヌ

問題の本『1839年のロシア』を書いたのは、アストルフ・ド・キュスティーヌ。大貴族の生まれなので、おじいさんとお父さんはギロチンにかけられた。革命の恐怖の中で生まれ育ったキュスティーヌは、当然、政治のもたらす恐怖に敏感だった。彼がロシア旅行を思い立ったのは、共和制のフランスとは正反対の、理想的な神権政治の国が見られると期待したからなのだが、キュスティーヌは、上から下まで恐怖が充満する社会を見出す。失望の旅の記録である。
まず、この国では何を見るにも監視つき。自由に自分の目で見るのは許されない。(僕がモスクワ特派員をしたゴルバチョフ時代のロシアでも、当局にあてがわれた助手を雇わなければならなかったし、ちょっとした取材には国営テレビや国営通信社のスタッフにコーディネーションを頼まなければならなかった。つまり、わざわざ金を払って監視・密偵役を雇うわけだ。)
外国人には決して真実を見せまいとする、丁重かつ徹底したロシア式案内術を、キュスティーヌは、こんなふうに書いている。

ロシアに入国するには、国境でパスポートと一緒に自分の自由意志まで当局に預けなければならない。宮殿を見学したいとする。侍従が礼を尽くして、隅々まで案内してくれるが、彼の視点で見ることを強いられ、彼の選んだものを鑑賞させられる。病院に行けば、医長がお供する。要塞では司令官が施設を見せてくれる、いやむしろ隠してくれる。学校に行くとなると、あらかじめ校長に連絡が入り、私を待ち受けている。
見たいと言えば決して断りはしないが、終始案内がつく。だから、見学のお許しを得るのがおっくうになって、しばしば訪問をあきらめてしまう。丁重な東洋的儀式がもたらす抑制効果だ。

モスクワ近郊の森(1990年)

ソ連時代にも、「この道なら外国人がドライブしても捕まらない」と言い伝えられたコースがいくつかあり、郊外の田舎風レストランなどに行く楽しみはあった。でも車を止めて森に入ったりすると、どこからともなく警官が現われて、つまみ出される。
ソ連が崩壊すると、森を散歩しても警官に邪魔されなくなったから、てっきり外国人警戒は共産主義のせいだと思いこんでいた。ところが、キュスティーヌによれば、200年前のロシアも、外国人に極端な不信感を持ち、宮殿も病院も学校も「舞台裏をのぞかれたら一大事」と恐れおののいていたのである。

なぜ隠したがるか? 舞台装置のようにうわべしかない。裏は見せられない=何もないからだ。キュスティーヌに言わせると、ロシアは見せかけの芝居、表面だけの王国。うそが社会秩序を支えてきたのである。

テルブルクではうそをつくことが、良き市民のつとめ。真実を語るのは、たとえ取るに足らないさまつなことについてであれ、陰謀に加担する行為とみなされる。万一「皇帝は鼻風邪を召された」ともらしたりすれば、皇帝のご寵愛を失い、友人たちからは軽率と非難される。
うそは? これぞ休息、良き秩序、国体の友。これこそ真の愛国的行為なのだ……
ロシアは病人だ。その治療薬として毒薬が処方されている……
ロシアでは身分の高い者も低いものも、奴隷状態に酔いしれていると言ってよかろう。

ソ連崩壊の直後、『アガニョーク』という人気雑誌を読んでいたベテラン助手が「松浦さん、ビッグニュースです。ゴルバチョフがエリツィンに政権を引き継ぐとき、話が深夜まで長引いた理由が分かりました。ソ連には、地図にも統計にも載らない秘密都市がまだまだ沢山ある。秘密都市の人口を足すとソ連の人口は2億8000万人ではなく、実は4億であり、食糧不足の真の原因はそこにある、と真相を伝えたので、エリツィンは大ショックを受け、納得させるに深夜までかかった、と書いてあります」と興奮して言う。ぼくが「ガーリャさん。その記事、信じる?」と聞くと、彼女は「この国では何でも起こり得る。記事はきっと本当です」と断定した。彼女は、ロイター通信やワシントン・ポストで働いてきたベテランなのに、エイプリルフールのおふざけ記事を真に受けてしまうとは、やっぱりソ連人間だったのだ。
でも、うそと本当の境界がぼやけてくるのも無理はない。テレビを見ても新聞を読んでも肝心のことは何もわからない国なのだから。
ゴルバチョフ時代の末期に、クレムリン下の広場にいろんな訴えを持った人がテントを張って座り込んだことがある。ある女性は「私は存在しない学校の教師として30年間給料を貰っていた」と言う。計画経済の国だから、学校の数だけは計画どおりでも、その中には紙の上だけの学校もあり、紙の上だけの先生もいたということらしい。この時もガーリャは「この国では何でも起こり得る。彼女の話を信じます」と言っていた。
その裏返しに、ある老婦人は「ソ連が宇宙に飛行士を打ち上げたなんて、うそに決まってます。冷蔵庫はすぐ壊れる、テレビは火を噴く、行列しても肉が買えない、こんな暮らしの国に宇宙ロケットなんて作れるはずがない。あれは全部セットで撮影したフィクションです」と不信の固まりだった。(パリ・東京雑感2021/2/15『バイデン大統領に突きつけられた匕首 <盗まれた選挙>神話の有効期限は?』)
いまロシア国民の大多数はプーチンの戦争を支持しているそうだが、大統領の掲げる大義名分を信じているのだろうか? いやいや、何が本当で何がうそか判別したがる私たちの流儀はロシアには通用しないのかもしれない。
200年前のロシア人についてキュスティーヌは恐るべき洞察を残している。

ロシアにおいて、誰かと会話することは陰謀への加担、考えることは反逆だ!思考は罪であるだけでなく、不幸だ。人がものを考えるのは、自分の人生、他者の境遇を良くするためである。何も変えることが出来ないとき、無益となった思考は、魂の中で化膿し、毒となる。

考える意欲を失った民。うそと本当が見分けられない不透明な社会。これが歴史を通じて変わらないロシアの姿なのだろうか? ゴルバチョフの改革をあんなに晴れやかな顔で迎え、自由なロシアへの希望に燃えた人々を見た僕には、暗い運命論に賛成したくない気持もある。でも、でも百花繚乱のあのペレストロイカ時代が、あんなに徹底的に否定され、プーチン一色になったのを見ると、民族の「魂」論に分があるのかもしれない。

『1839年のロシア』

『1839年のロシア』は、ロシアと西欧のあいだが緊張するたびに脚光を浴びた。ロシア革命が起こると、キュスティーヌは予言者としてもてはやされ、この本の記述は帝政ロシアよりもソ連社会にさらにピッタリ当てはまると讃えられた。アメリカの冷戦戦略をたてたジョージ・ケナンは、『1839年のロシア』の改訳を出版し、「キュスティーヌの物語はスターリンのロシアを描いた最上のものだ」と、うがった評価をした。そしていま、『1839年のロシア』はプーチンのロシアを描いた最上の物語だったかが問われる番だ。

それにしてもなぜ?何のために?奴隷状態に酔いしれる運命の民がつくり出されたのだろう?
キュスティーヌがロシアを知って、一番恐れたのがこの自発的隷従だった。彼は、そこに支配への渇望を予感した。征服欲に取りつかれたのは皇帝だけではない。民衆も他国支配に飢え、征服のためならなんでも受け入れる。キュスティーヌは、ロシア国民を操り人形になぞらえ、彼らはチェスのコマに等しいと見た。一人の男(皇帝)がすべてのコマを思いのままに動かすチェス。そのチェスの見えざる敵、それは「人類」だという。

度外れの野心は心を干からびさせ、非情な人間をつくり出すものだが、野心の過剰は、また、一民族の思考を枯渇させ、判断を狂わせ、ついには勝利のためにみずからの自由を犠牲に捧げるにいたらせる。この征服の野心は、ときには国家目標として掲げられ、ときには秘かな征服計画として隠されている。いずれにせよ、ロシア人は、自分でも気付かないうちに、この民族的野心につき動かされているのだ。そのことを考慮に入れないかぎり、ロシアの歴史は解くことの出来ない謎であり続ける。

どうやら、奴隷状態に酔いしれる民と征服思想はワンセットで切り離せないのだ。国民を操り人形かロボットのように支配するには、たとえばウクライナを侵略するか、あるいは冷戦のような潜在的戦争状態を維持するかして、征服熱を絶え間なしにあおらなければならない。他方、征服熱に毒された国民は、奴隷状態を熱愛する。こうして自発的隷属と征服思想が相互に補強しながら生き続けた。これが永遠のロシアの物語なのだろうか?
日本に留学したロシア人学生が、「ロシアに帰ると、笑顔に出会えないのがさびしい。日本人はよくほほえみますね」と言っていた。そう言われてみれば、モスクワで暮らしたとき、町でほほえみに出会うことはなかった。(プーチンが習近平の前でニコニコした!)もしかしたらほほえみがないのは、平和なときも、戦時とおなじ緊張に生きているからなのかもしれない。キュスティーヌに言わせれば戒厳令がノーマルになった社会……

AIがキュスティーヌの仏語テキストを読み込んで描いた挿絵

まったくの平和時に戦争の情熱と野心と敵愾心を持ち続けるなどということが想像できるだろうか? 家庭的しあわせと幸福な社会をもたらす要素が一切見当たらない。家族の情愛にふれられないかわりに、血のたぎる野心に突き動かされたとらえどころのないざわめきに至る所で出会う。こうしたありさまを想像した上で、最後に、一人の男(皇帝)が、神の意志に完全に勝利する姿を想像することができるなら、ロシアを理解することになるだろう。ロシアの支配体制は、都市の秩序を戦場の秩序に置き換えたものだ。戒厳令の敷かれた状態が、通常の社会なのである。
朝の町は時が経つにつれ次第に活気づく。しかし、騒々しくなるだけで、陽気にはならない。2頭、3頭、4頭、6頭立ての無骨な馬車が、全速力で走る。人びとはいつも急いでいる。彼らの人生は道を行くことで過ぎてゆくのだから。何かの目的のためにやるのではなく、楽しいからやる――喜びのための喜びを、この国は知らない。

ペテルブルク(1992年)

ロシアにだって自由のために命を捧げた人が大勢いるし、楽しい人もいっぱいいる。キュスティーヌの陰鬱な物語だけがロシアではない。しかし、この本のおかげで、ヨーロッパが古くから、ロシアを自発的隷属と征服思想の国と見て、恐れてきたことがよく分かった。
隣国ウクライナにとって、ことはずっと深刻だ。以前ウクライナ独立の活動家にインタビューしたとき「ロシア人はひたいに奴隷のしるしが刻印されている」と言っていた。キュスティーヌに教えられなくても、ウクライナの人々は、ロシアが普通の国でないことを、いやというほど思い知らされてきたのだ。
私たちにとっては、ロシアに侵略されたウクライナ国民の気持ちを、より正確に理解するのに、『1839年のロシア』が役立つのではないだろうか? 彼らは、いまロシアに譲歩すれば、ウクライナ人もロシア人と同じように「奴隷状態に酔いしれ、考えることを憎み、うそを尊ぶ民」に作りかえられると恐れている。操り人形にされないためには戦い続けるしかない……彼らの戦いが、ナショナリズム以前に人間性を守る戦いなのだということが、この本によって、納得できたように思う。

(2024/06/15)