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佐藤晴真(チェロ) Part.1 無伴奏チェロ・リサイタル|藤原聡

エトワール・シリーズ プラス
佐藤晴真(チェロ) Part.1 無伴奏チェロ・リサイタル
Étoile Series Plus Haruma Sato Part.1 Unaccompanied Cello Recital

2024年5月25日 彩の国さいたま芸術劇場 音楽ホール
2024/5/25 Saitama Arts Theater Concert Hall
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 加藤英弘/写真提供:公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団

〈演奏者〉        →foreign language
佐藤晴真(チェロ)

〈プログラム〉
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第5番 ハ短調 BWV1011
クラム:無伴奏チェロ・ソナタ
ブリテン:無伴奏チェロ組曲第3番 作品87
※アンコール
カタルーニャ民謡(カザルス編曲):鳥の歌
マーク・サマー:ジュリー・オー

 

この3月に17ヶ月の改装期間を経てリニューアルオープンした彩の国さいたま芸術劇場。開館30周年の2024年を迎えるにあたって、従来若手ピアニストを紹介するシリーズであった「エトワール・シリーズ」を「エトワール・シリーズ プラス」とし、ピアノに限らずに様々な楽器で活躍する気鋭のアーティストが「ソロリサイタル」と「室内楽」と異なる編成でコンサートを開催することとなる。そしてそのエトワール・シリーズ プラスの記念すべき第1回目にはチェロの佐藤晴真が登場だ。2019年に難関ミュンヘン国際音楽コンクールのチェロ部門で優勝して以来その知名度がにわかに高まった若手屈指の名手。今回の無伴奏チェロ・リサイタルで取り上げた3曲は全てハ短調という調性を取り、かつクラムの作品はなかなか実演で取り上げられない(無伴奏チェロのための作品としてはそれなりに有名ではあるが)。佐藤の本リサイタルにかける意欲が感じられるプログラミングであろう。

最初はバッハの無伴奏チェロ組曲第5番。聴き始めてすぐにガット弦のような良い意味で雑味のある、そして低めのピッチによる独特の落ち着いた音に魅了される(終演後にプログラムを見ると本来の指定通りのA線を1音低いG音に調弦して演奏とある)。完全にヴィブラートを排し真っ直ぐな音で奏されるその音楽は極めて実直、ピリオド風味も感じられつつ、フレージングなどの音楽性はモダン的な感性にも立脚していると感じられる。これを中途半端と捉える向きもいるかも知れないが、その音楽的な完成度が非常に高いために否応なく説得されてしまう。「折衷的」であることを選択的かつ意識的に引き受ける意思。あるいは2024年にバッハの無伴奏チェロ組曲を演奏するにあたっての方向性とは。どうあれ名演。

続いてはクラムの無伴奏ソナタ。「ブラック・エンジェルズ」や「マクロコスモス」が有名なこの作曲家が26歳時の1955年に完成させた作品ゆえ、バルトークやコダーイ、ヒンデミットらの影響が感じられるとは言え、楽器の表現力をフルに発揮させたその独自の書法は後年のこの作曲家の作品を明確に予言していよう。バッハとは時代、作品の拠って立つ基盤が異なるので当然ではあろうが、最初のバッハとの余りの音の違いに軽く衝撃を受ける。野太く朗々と輝かしい音色。ここでの佐藤は完璧な技巧を駆使して多彩な楽想をこれ以上は考えられぬような水準で浮き彫りにする。特に変奏形式の第2楽章の各変奏における「変わり身」の速さは特筆すべきものだ。

ここで休憩(尚、当初はバッハの後に休憩の予定であったが予定が変更されてクラムの後となった。クラムとブリテンを続けて聴くのもしんどかろう、との佐藤の配慮?)、そしてブリテン。個人的には3曲存在するこの作曲家の無伴奏チェロ組曲の中で1番難解なのがこの日演奏された第3番と感じるが(演奏する側の佐藤も同様に感じるようで、ブリテンの前にマイクを持って簡単な作品の聴き所を解説)、各曲が独立している第1、第2と比較して全9曲が続けて演奏されるという構成、そして晦渋な楽想のためかと思う。佐藤はこの作品の演奏において非常に細やかにディテールの処理を行いつつ―例えば第6曲目のフーガにおける音の層の重ね方、第8曲の無窮動における躍動感と厳密さの共存―全体を一筆書きのような自然な流れで一気呵成に聴かせる。
この作品、ロシア民謡と聖歌を素材にしつつもそれを全体に微細に散りばめ最後に至りようやく原形で提示されるという捻った構成を持っているけれども(その意味で同じブリテンのギターソロのための傑作「ノクターナル」を想起する)、この演奏ではそれぞれの曲の異物性というか特殊性が際立たず、それぞれがそれぞれに声高に主張するという感じがない。これによりこの曲の演奏としては非常にすっきりとした演奏となっていて驚かされた。もっと勿体ぶったブリテンを好む方もいるかも知れないが、佐藤が自らの感性で真正面から向き合ったこの演奏、実に完成度が高く襟を正す他ない。好みは別として名演奏と評するに何のためらいもない。

本プログラム終了後に佐藤はマイクを持って聴衆にスピーチの後アンコール。「ブリテン作品との民謡繋がり」でカザルス編の「鳥の歌」。しばしば聴く情緒纏綿たる演奏ではなく毅然とした高潔な演奏が素晴らしい。次は「クラム作品に登場するジャズ的な部分繋がり」でマーク・サマーのジュリー・オー。アルコとピツィカートの交代、胴体を叩く奏法。カントリー&ウェスタン風、フィドル風であり、ジャズテイストもある気の利いた実に楽しい佳品だ。

「今回の作品、ハ短調で3曲とも最後の音がC音」とも最後に語った佐藤はコンセプチュアルな思考をも持った策士と想像する。その演奏の凄さはもちろんだが、これからも「企み」のあるコンサートを次々と仕掛けて欲しいと思ったこの日のリサイタルである。

(2024/6/15)

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〈Program〉
Johann Sebastian Bach:Cello Suite No.5 in C Minor,BWV1011
George Crumb:Sonata for solo cello
Benjamin Britten:Suite for solo cello No.3,Op.87
※encore
Catalan Folk Song (arranged by Casals): Song of the Birds
Mark Summer:Julie-O

〈Player〉
Haruma Sato,cello