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預言者エレミアの哀歌が始まる~受難節と復活のモテット~|大河内文恵

ベアータ・ムジカ・トキエンシス 第14回公演
預言者エレミアの哀歌が始まる~受難節と復活のモテット~

2024年4月4日 日暮里サニーホール コンサートサロン
2024/4/4 Nippori Sunny Hall Concert Salon
Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
Photos by 沢井まみ、中川詩歩

<出演>        →foreign language
Beata Musica Tokiensis:
鏑木綾(ソプラノ)
望月万里亜(ソプラノ)
長谷部千晶(ソプラノ)
及川豊(テノール)
田尻健(テノール)
小笠原美敬(バス)

斉藤基史(企画アドバイザー、レクチャー)

<曲目>
オルランド・ディ・ラッソ:聖木曜日のための預言者エレミアの哀歌

~~休憩~~

ヨハン・クリストフ・デマンティウス:イザヤ書53章からイエス・キリストの受難と死の預言

~~休憩~~

ラッソ:「良い羊飼いは復活されました」
ミヒャエル・プレトリウス:マニフィカト《良い羊飼いは復活されました》
ハンス・レオ・ハスラー:「良い羊飼いは復活されました」

~~アンコール~~
ラッソ:モテット「平和をお与えください、主よ」

 

これまであまり意識していなかったのだが、継続的に1つの団体の演奏会を聴き続けることで得られるものの大きさに感じ入った。ベアータ・ムジカ・トキエンシスが第14回公演で取り上げたのは、受難節と復活のモテットである。イースター前にあたる受難節の期間に受難曲を演奏会で取り上げることは、近年日本でも定着しつつあるが、有名な作曲家の有名な作品の演奏が多い。例年はJ.S.バッハのマタイ受難曲がほとんどであるところ、今年はJ.S.バッハのヨハネ受難曲初演から300年の記念年であるため、この作品を取り上げる団体が多くみられた。とはいえ、J.S.バッハ以外の作曲家の作品というとかなり限られる。

そのような状況のなか、ベアータ・ムジカ・トキエンシスは2020年9月の公演ではスカンデッロのヨハネ受難曲、2022年3月にデマンティウスのヨハネ受難曲をとりあげてきた。福音史家のみ独唱で歌われ、それ以外の部分は多声であるスカンデッロの受難曲、すべてが多声で歌われるデマンティウスの受難曲と、徐々に難易度をあげてきた彼らがついに「受難曲」というわかりやすい枠組みを取り払った上で、受難と復活の物語をどう紡ぐかという挑戦をしたのが今回の公演なのだと聴きながら感じた。

プログラム全体は大きく2つに分けられる。前半は受難に関わる作品で、ラッソのエレミアの哀歌とデマンティウスの「イザヤ預言書53章から」。ラッソ特有のねっとりと絡みつくような対位法が特徴的で、1声部1人ずつの彼らの声は、次々と移り変わるのに一瞬一瞬すべてが美しいという万華鏡のような世界を描きだした。受難曲のように時系列で物語を追っていくのではなく、点描するように進んでいく歌詞と、ラッソのぐるぐると動き回る旋律線が相俟って、モザイク画の張り巡らされた教会の中に佇んでいるかのよう。

続くデマンティウスは、ドイツ語ということもあり、ラッソに比べるとわかりやすい音楽で始まる。それを聞いて、2年前にデマンティウスのヨハネ受難曲を聴いた時の記憶がふと蘇ってきた。演奏者にとって、それまでに演奏した体験が積み重なって糧になっていくというのはある程度想像できるが、聴く側にとっても聴体験がこうして積み重なっていくのだなと実感した。

後半は衣装替えをして登場。衣装という目に見えるものと、音楽という耳から聴くもの両者によって、キリストの復活が実感として受け止められた。ミヒャエル・プレトリウスのマニフィカトでは、長三和音の明るい響きが多用され、未来が開けていくような心持ちになる。ラテン語の部分とドイツ語の部分、対位法的な部分と縦に揃った響きのところ、3拍子系の浮き立つようなところと偶数拍子系のゆったりとしたところといったように、さまざまなかたちでキリストの讃美が歌われる。

何度も出てくる「アレルヤ」と言う歌詞の部分での多彩さは、最後に歌われたハスラーの「良い羊飼いは復活されました」の終結部の「アレルヤ」の充実ぶりへの予告であったと最後に気づく。後半の明るさはキリストの復活を祝うのみならず、世の中全体に落とされた暗い影を振り払おうとする、あるいは明るい未来を希求する祈りとも通じるものを感じ、心に灯がともされたような気持ちになった。この公演は筆者が聞いた4日の後に東京で6日に、そして初の九州公演が17日におこなわれた。受難曲を演奏することだけが受難節や復活祭の音楽ではない。それが実感されたこうした機会に今後もふれていきたいと思いつつ、帰途についた。

(2024/5/15)

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<performers>
Beata Musica Tokiensis:
Aya KABURAKI soprano
Maria MOCHIZUKI soprano
Chiaki HASEBE soprano
Yutaka OIKAWA tenor
Takeshi TAJIRI tenor
Yoshitaka OGASAWARA bass

Motofumi SAITO adviser

<program>
Orlando di Lasso: Lamentationes Jeremiae Prophetae, Primi diei

–intermission—

Johann Christoph Demantius: Weissagung des Leidens und Sterbens Jesu Christi aus dem 53. Kapitel des Propheten Esajæ

–intermission—

Lasso: Surrexit pastor bonus
Michael Praetorius: Magnificat super Surrexit pastor bonus
Hans Leo Hassler: Surrexit pastor bonus

-encore—
Orlando di Lasso: Da pacem Domine