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東京・春・音楽祭2024 イノン・バルナタン|大河内文恵

東京・春・音楽祭2024 イノン・バルナタン
Spring Festival in Tokyo 2024 Inon Barnatan (piano)

2024年4月17日 東京文化会館 小ホール
2024/4/17 Tokyo Bunka Kaikan Recital Hall
Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
Photos by  (C)飯田耕治/東京・春・音楽祭2024 

<曲目>        →foreign language
ラモー:《新クラヴサン組曲集》より 組曲 ト長調 RCT6(抜粋)
トリコテ 雌鶏 メヌエット1&2 未開人 エンハーモニック エジプトの女
ラヴェル:高雅で感傷的なワルツ
ストラヴィンスキー(G.アゴスティ編):バレエ音楽《火の鳥》より
魔王カスチェイの凶悪な踊り 子守歌 終曲

~~休憩~~

ラフマニノフ(I. バルナタン編):交響的舞曲 op. 45

~~アンコール~~
J.S. バッハ(E. ペトリ編):狩のカンタータ「わが楽しみは、元気な狩のみ」BWV208より アリア「羊は安らかに草を食み」
J.S. バッハ(ラフマニノフ編):無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番BWV1006より第1楽章

 

バルナタンの演奏を会場で聞くのは6年ぶり。その間、コロナ禍で来日できない時期があったにせよ、随分と間があいてしまった。その理由は、タイミングが合わなかったこともあるが、2018年に聴いた演奏で、この先彼がどこを目指そうとするのかを確かめるのが怖くなったというのも大きな要因の1つだった。今回、東京・春・音楽祭の一環での演奏会ということで、聴く勇気を出してみた。

結論からいうと、彼は更なる進化を遂げようとしていた。前回聞いたコンサートではやりたいことはすべて自分が望むレベルで実現できている印象を受けたが、今回は進むべき道を探し当て、それに向かって邁進中であるように見受けられた。

演奏順にみていこう。最初はラモーの《新クラヴサン組曲集》より抜粋。1曲目の「トリコテ」ですでにラモーの世界が繰り広げられた。フランス・バロックはチェンバロ奏者ですら、フランスものに聞こえるように演奏するのは難しいのだが、ピアノという時代の異なる楽器でそれを実現してしまうとは驚く。

雌鶏、メヌエットと続き、4曲目は「未開人」。言うまでもなく、ラモーのオペラ・バレ《優雅なインドの国々》の中の「未開人の踊り」である。待ってました!とばかり聴き手の熱があがる。テーマの部分のダンサブルな魅力もさることながら、中間部がこれほど良いと初めて気づいた。陽気で踊りだしたくなるテーマと対になっていて物憂げな中間部は、テーマを際立たせるための蔭の存在として扱われるのが通常だが、バルナタンはそこにこそ人間の本性があるとでもいうかのごとく、魂を込めた。続く「エンハーモニック」はこれまた彼の独擅場で、こうした哀愁を帯びた曲想をメランコリーになりすぎず、過不足なく表現するところはさすがである。

ラヴェルの《高雅で感傷的なワルツ》でも、舞踊感が続く。不協和音を混ぜた音の響きが、コンテンポラリー・ダンスを思わせ、この音楽に合わせて踊っているダンサーの姿が目に浮かぶ。それと同時に、あるべきところに見事に音が嵌っていく様子が建築物を想像させる。最終曲「エピローグ」の最後の弱音の素晴らしさに会場が惹きつけられているのがわかった。

前半最後はストラヴィンスキーの《火の鳥》。こちらもバレエ音楽であり、後半の《交響的舞曲》も含め、今回は「舞曲縛り」であったかと気づく。「魔王カスチェイ」は《火の鳥》と言えば真っ先に思い浮かぶ有名な箇所である。壮大さと聞く人を圧倒する強さを狙ったためか、普段どんなに強い音でもコントロール下において冷静さを保っているバルナタンにしては大胆な演奏だった。3曲目の「終曲」ではテーマは最初から出てきているはずなのだが、しばらくは弱音の中に埋もれさせており、それが途中ではっきり聞こえてくる瞬間があり、胸が一杯になった。曲が終わると、盛大な拍手で会場が沸いた。

休憩後はラフマニノフの交響的舞曲。これはラフマニノフの最後の作品で、まずは2台ピアノのために作曲され、ラフマニノフ自ら私的な場で初演している。その後、オーケストレーションがおこなわれて翌年にフィラデルフィア管弦楽団により初演された。今回はバルナタン自身によるピアノ1台への編曲のバージョンが披露された。

元の編成が管弦楽で最初の発想が2台ピアノということもあり、少し無理をしているように聞こえるところもあったが、聞いていくうちに、これはバルナタンなりのピアノへの向き合い方への決意表明なのだと思われてきた。ラフマニノフと聞いて人々が思い浮かべる哀愁は所々に顔を覗かせる程度で、むしろアメリカを意識した「モダン」な曲想が多くを占めるこの作品を選んだ背景には、ピアニストから出発したラフマニノフという作曲家への敬意と、他の国からアメリカへやってきた先達としてリスペクトする気持ち、そしてさらに、ピアノという楽器でできることをどこまで拡張できるかを追求していく意欲といったものが綯い交ぜになっていたと想像される。

管弦楽曲をピアノ1台で演奏するのは、かなりの困難をともなうことであるし、ましてやそれをライブでおこなうのは勇気の要ることであろう。アンコールでは、一転してバッハのカンタータより「羊は安らかに草を食み」。穏やかな曲調に客席全体が癒された。アンコール2曲目は同じくバッハだが、編曲がラフマニノフによるもの。やはり、ラフマニノフでしめたかったのであろう。このピアニストの進む道に終わりはない。きっとどこまでも理想を追いかけ開拓していくのだろう。その景色をまた見てみたい。

(2024/5/15)

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<program>
Rameau: Nouvelles suites de pieces de clavecin Suite in G RCT 6 (Excerpts)
Les tricotets Le Poule Menuet I&II Les Sauvages L’Enharmonique L’Egyptienne
Ravel: Valse noble et sentimentales
Stravinsky(arr. By Guido Agosti): The Firebird (Excerpts)
Infernall Dance of All Koschei’s Subjects Lullaby Finale

–intermission—

Rachmaninoff(arr. By Inon Barnatan): Symphonie Dances op. 45

–encore—
J.S. Bach: Was mir behagt, ist nur die muntre Jagd!, BWV 208, “Hunt Cantata”: Aria: Sheep may safely graze
J.S. Bach(arr. By Rachmaninoff): Violin Partita No. 3 in E Major, BWV 1006 1st mov.