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ディオティマ弦楽四重奏団 シェーンベルク 弦楽四重奏曲 全曲演奏会|藤原聡

東京・春・音楽祭2024
ディオティマ弦楽四重奏団
シェーンベルク 弦楽四重奏曲 全曲演奏会
生誕150年に寄せて
Quatuor Diotima
Complete Schönberg’s String Quartets,Celebrating the 150th Anniversary of His Birth

2024年4月6日 東京藝術大学奏楽堂
2024/4/6 Tokyo University of the Arts,Sogakudo Concert Hall
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 松本和幸/写真提供:東京・春・音楽祭2024

〈プログラム〉        →foreign language
シェーンベルク
 弦楽四重奏曲 第3番 op.30
 弦楽四重奏曲 ニ長調
 弦楽四重奏曲 第1番 ニ短調 op.7
 弦楽四重奏曲 第4番 op.37
 弦楽四重奏曲 第2番 嬰ヘ短調 op.10
 プレスト ハ長調
 スケルツォ ヘ長調
 『浄められた夜』op.4

〈演奏〉
ディオティマ弦楽四重奏団
 ヴァイオリン:ユン・ペン・ジャオ、レオ・マリリエ
 ヴィオラ:フランク・シュヴァリエ
 チェロ:アレクシス・デシャルム
ヴィオラ:安達真理(op.4)
チェロ:中実穂(op.4)
ソプラノ:レネケ・ルイテン(op.10)

 

1-前口上
過去に1日でショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲全15曲を演奏するマラソンコンサートというものが国内では筆者の知る限り少なくとも2回あった。演奏者はアトリウムSQとモルゴーア・クァルテット。双方聴きに行った筆者も酔狂の極みと思うが、それゆえまたどこかの団体が同じ企画を行うと知ってもそこまでの驚きはない(と思う)。だが、このたびの東京・春・音楽祭でのシェーンベルクの弦楽四重奏曲全曲+αというコンサートは日本では過去実施されたとの話を聞かない。誤解を恐れずに言えば、ショスタコーヴィチは15曲あるけれどもその語法は同じようなものだ。敢えて言えば分かりやすいが、対してシェーンベルクはそうではない。5曲全て書法が異なる。無調、十二音技法で難解だ。初期の作品でもテクスチュアはやたらと濃密、込み入っている。演奏時間はショスタコーヴィチよりはるかに短いが、シェーンベルクは弾き手も聴き手も感覚を最大限に押し拡げて集中して対峙しなければならない。なるほど今年はシェーンベルクの生誕150年という記念の年だが、だからと言ってこんな企画を実現させるとはどうかしている(むろん褒め言葉だが)。土曜日の上野恩賜公園は花見客で賑わっていたが、それを傍目にいそいそと奏楽堂へ向かう客は皆一様に悲壮感と使命感の漂う面持ちであった(嘘)。どうあれ、ある種のマゾヒスティックな快感を得ようとしている人々であるのは疑い得ない。開演は14時。

2
ところで本コンサートで面白いのは、各弦楽四重奏曲を作曲年順に演奏しない点だろう。「私たちは、シェーンベルクは完全なクリエーターであると確信しています。そう確信する理由は、彼の作品のすべてが、順序を入れ替えることで異なる意味を生み出すような世界と統一性を含んでいると考えるからです。弦楽四重奏曲第3番から始めることは、1897年の番号なしの四重奏曲以後の、シェーンベルク自身の表現主義的なイマジネーションに確実に近づくひとつの方法です。そして、まるで映画のような大作『浄められた夜』で締めくくるのが、演奏会の宵の“最後を飾る”方法なのです。このコンサートでは、ロマン派的な作品と近代的な作品を交互に演奏したいと思いました。シェーンベルクのどの作品にもこれら2つの側面がある、と考えるからです」(ディオティマSQ)。

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この言葉通りコンサートは1927年、作曲者53歳時の第3番の弦楽四重奏曲から始められたが、これはシェーンベルクが十二音技法を確立した後に書かれたもの。主要なセリーは冒頭の5音で、これが全4楽章を貫くモティーフとなる。楽曲はいわゆるメロディらしいメロディはなく、断片的とも形容できる短いフレーズの重層的な積み上げから全体が構築されている印象。非常に晦渋な音楽、シェーンベルクの弦楽四重奏曲の中でも最も難解、強面の作品ではなかろうか。

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まずこの第3番を聴いた後にそれより30年遡った1897年成立(作曲者23歳)の弦楽四重奏曲ニ長調を聴くと、あからさまにシューベルト的(第3楽章の変奏曲など『死と乙女』のようだ)、メンデルスゾーン的、ドヴォルザーク的、そしてベートーヴェン的、なによりブラームス的でもあるその折衷的あるいはどん詰まり的作風に驚かされるが、ここでの動機労作が方法こそ変われどその第3番の遠い土台ともなっていることに気付かされる。

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次の第1番は1905年作曲。未だ調性が維持された単一楽章の40分を超える大曲で主題が循環して巨大なソナタ形式を形成する作品。その意味で室内交響曲第1番などとも共通するが、もろにロマンティックなニ長調の弦楽四重奏曲の後にこれを聴けば、いかに全曲が有機的かつ構築的に統一された作品を書くのか、の後期ロマン派以降の試行錯誤を経てシェーンベルクが伝統と革新の狭間でせめぎ合い到達したこの時点での解決策、と捉えられて誠に興味深い。

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ここでまたまた時代は1936年へと第1番から31年飛び、作曲者がアメリカへ渡った後の作品である第4番。形態は古典的な4楽章、第1楽章はソナタ形式、第2楽章はメヌエット、第3楽章は緩徐楽章、そして終楽章はロンド形式。一見、多様な形式的工夫を経て改めて簡潔、原点回帰したかのような作品にも見えるが、聴けばすぐに分かるように過去と同じ場所に戻ったわけではない。調性を感じさせる十二音技法、ということで言えばまるでアルバン・ベルクのようでもあり、先鋭さと分かりやすさが同居している。これもまた晩年に近いシェーンベルクの特徴でもあろう。

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次には第4番より28年前の1908年に完成された第2番。これをシェーンベルクの弦楽四重奏曲の中でも特に有名にしているのがこの作品形態には極めて異例なソプラノ歌手の参加による歌の導入であるのは間違いない。最後の第4楽章には遂に無調的な箇所が出現するが、そこで歌われるゲオルゲの歌詞によるIch fühle Luft von anderen Planeten(私は他の惑星からの空気を感じる)の意味は余りに明白だろう(尚、バーンスタインはハーバード大学における名高い講義「答えのない質問」で無調の導入としてこの箇所に言及している)。この第2番の2つ前に演奏された第1番は1905年の作曲、その3年後には調性の軛から逃れんとするのだ(この無調がまた別の軛となることは周知の事実だが)。ソプラノのレネケ・ケイデンは強靭で芯のある、かつ透き通った美声でゲオルゲの特異なこの世ならぬ詩世界を見事に歌い切った。筆者が複数種聴いた録音を含め最高の歌唱だろう(実演で聴いたことがある人もほぼいないだろうから比較対象は自ずと録音になるけれど)。

8
以上で全5曲の弦楽四重奏曲の演奏は終わったのだが、作曲年代順の演奏ではないこと―年月を経た作品が隣同士になることにより、変わった点と変わらぬ点のコントラストが逆に明瞭になってあぶり出される結果となったように思う。各曲の演奏について細かく記述はしないが、以前にディオティマSQによるバルトークの弦楽四重奏曲全曲やベートーヴェンの第14、15番、ブーレーズの弦楽四重奏のための書、そして今回と重なるがシェーンベルクの第3、4番などを実演で聴いた際にも感じたけれども、この団体は4人それぞれの技術的水準がずば抜けて高く、各声部の独立性が高い上に一体感も申し分ない。音色は明るくその表情は良くも悪くももったいぶったところがなく常に明快だ。余計なことをしないので細部と全体像が同時に鮮明に伝わる。そういった持ち味が今回のこのシェーンベルクの弦楽四重奏曲全曲演奏でどれだけプラスに働いていたことか。ディオティマSQは既にシェーンベルクの弦楽四重奏曲全集を録音しておりそこでの演奏も先述の特質を備えていたが、実演だと視覚的要素も合わさってその体感的な理解度は段違いである。聴衆を前にしての興の乗りも演奏に起伏をもたらしているだろう。他団体の演奏と比較しても、かのラサールSQのクールな、あるいはアルディッティSQのドライに割り切ったある種のメカニックな演奏ですら感知出来なかった作品の本領が筆者のような耳の肥えていない聴き手にも実感として伝わって来たのだ。シェーンベルクの弦楽四重奏曲自体が滅多に演奏されないが、さらにこの水準と言うことになればこれを上回る実演に遭遇できる機会があるのかどうか。

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ここからは番外編、というわけでもないがまず若書きの小品2曲、1895年前後に書かれたプレストハ長調と1897年作曲のスケルツォ ヘ長調(本作は元来弦楽四重奏曲 ニ長調の第2楽章として書かれたが、ツェムリンスキーの助言によって差し替えられこれが単独の作品となったとのこと)。完全にロマン派〜後期ロマン派風の作品で新味はないが、作品自体は瑞々しく魅力的である。少なくとも言葉通りの意味での習作、というレヴェルの作品ではない完成度と閃きはシェーンベルク。ディオティマSQの軽快な演奏は実に快い。

10
遂にコンサートの最後、ヴィオラに安達真理、チェロに中実穂が加わっての『浄められた夜』。過度にロマンティックにならずシャープさとクリアさを維持した演奏。このゲスト2人も上手く溶け込んでいたが、音色感が違うために完全に融和していたとは言い難く、しかしそれもまた味。ちなみにアルディッティSQの同曲録音にはヴィオラとチェロにアルバン・ベルクSQのカクシュカとエルベンが加わっていて、あれも微妙な「合わなさ」が逆に面白い演奏になっていたが、これもそれに近いか。余談だが、せっかく若書きの小品や『浄められた夜』まで演奏したのだから、第4番よりさらに10年後の1946年、最晩年に近いシェーンベルクが十二音技法を用いてアメリカで作曲した傑作である弦楽三重奏曲も取り上げてくれればさらに完璧だったとは思ったが、どうあれコンサートは終わった。20時過ぎ。

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付記1。第1曲目の弦楽四重奏曲第3番。第1vnのユン・ペン・ジャオはタブレット楽譜を携えてステージに登場したがなにやら上手く作動しない模様。しまいには他の3人もタブレットを覗きこんでいじくること数分、この過程に会場からは軽く笑いが。どうやらページがめくれる設定のフットペダルがなぜか音量の変更に紐づいてしまい、踏むたびにiPadの音量調整の音が鳴り響くという珍事に。結局直らずに画面タッチでページをめくるというシェーンベルクの弦楽四重奏曲においてはなかなかにアクロバティックなやり方でその後をしのいだのだった。

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付記2。このマラソンコンサートでは休憩が都合3回挟まれたが、2度目の休憩時には昨年音楽之友社「作曲家◎人と作品」シリーズで「シェーンベルク」を上梓した浅井佑太氏と今回ディオティマSQを招聘したオフィス山根の山根悟郎氏のトークが行われた。ここではくだけた雰囲気でざっくばらんかつ適度におちゃらけた(笑)対話が展開され、妙にしかつめらしくないところが良い。山根氏によればこの日回収したチケット半券数は座席数約1100に対して462枚、2020年に同じディオティマSQがハノーファーで開催したシェーンベルクの弦楽四重奏曲全曲演奏会では約200枚、と今回の方がはるかに沢山の入場者数だったとのこと。また、浅井氏は「シェーンベルクを理解するには弦楽四重奏曲を聴くのが1番良い」と述べる。尚、このトークはYoutubeの東京・春・音楽祭の公式チャンネルでほぼ観ることが可能。以下リンクhttps://youtu.be/Nxe8hcBzhjA?si=_i3fi0ET2KzATh2X

13-結び
このような非常に稀な機会を作って頂いた東京・春・音楽祭とその関係者の方、そしてディオティマSQには感謝の他ない。来年以降も音楽祭で破格の企画をどんどん実現させて欲しいものだ。

(2024/5/15)

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〈Program〉
Schönberg
 String Quartet No.3 op.30
 String Quartet in D major
 String Quartet No.1 in D minor op.7
 String Quartet No.4 op.37
 String Quartet No.2 in F-sharp minor op.10
 Presto in C major
 Scherzo in F major
 “Verklärte Nacht” op.4

〈Player〉
Quatuor Diotima
 Violin:Yun-Peng Zhao,Léo Marillier
 Viola:Franck Chevalier
 Cello:Alexis Descharmes
Viola:Mari Adachi(op.4)
Cello:Miho Naka(op.4)
Soprano:Lenneke Ruiten (op.10)