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紀尾井ホール室内管弦楽団 第138回定期演奏会|秋元陽平

紀尾井ホール室内管弦楽団 第138回定期演奏会
Kioi Hall Chamber Orchestra Tokyo – The 138th Subscription Concert

2024年4月19日 紀尾井ホール
2024 April 19 Kioi Hall
Reviewed by 秋元陽平(Yohei AKIMOTO)
Photos by 堀田力丸/写真提供:公益財団法人 日本製鉄文化財団

<演奏>        →Foreign Languages
ピョートル・アンデルシェフスキ(Pf, cond)
紀尾井ホール室内管弦楽団

<曲目>
グノー:小交響曲変ロ長調
モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番イ長調 K.488
ルトスワフスキ:弦楽のための序曲
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番ハ長調 op.15
(アンコール:ハイドン:ピアノ協奏曲ニ長調Hob.XVⅢ:11より第2楽章)

 

このオーケストラには紀尾井ホール”祝祭”室内管とでも形容すべきライヴ感がある。といっても、アンサンブルが即興的な危うさだということではない(そういうときがないわけではないが)。なにか、現場で立ち上がってくるものがあるのだ、ソリスト同士のくつろいだ白熱と、やりとりの試行が。ことに、現代ピアノ界でも、「音楽がもともとどのようなものであったか」を思い出させる躍動感にかけて比類のないアンデルシェフスキが共演するときには、とくにこの「いま、ここ」感が顕著になる。
劈頭を飾るグノーの『小交響曲』は、要するに木管五重奏と呼ばれている形態を重複拡張したものだが、とくにこれらの楽器がトゥッティで響かせるオルガンめいた豊潤な響きが絶えず維持されるなかでさまざまなディヴェルティメントが展開されるという趣向で、この音色の中核というか繋ぎ役をなすクラリネットの二人が柔軟な色彩感と鋭い反応で全体を織り上げていき、オーボエやフルートと丁々発止を繰り広げる中でも音量を大きく抑えることができる楽器の特性を活かして楽曲にさまざまなアクセントをもたらしており快い。順番が前後するが、こんどは弦楽器主体で演奏されたルトスワフスキもまた、いつもながらこの作曲家にちなんだ祝祭管弦楽団であるのかと思うほどの熱意である。作品は40年代のものだが、前衛の虚無に対峙するこの作曲家独特の鋭い造形感覚がある種のエレガンスの境域にとどまっており、すでにその作風はバルトークとは袂を分かっていると感じさせる。
さて、アンデルシェフスキによるいわゆる弾き振りで演奏された二つのピアノ協奏曲だが、完成度で言えば、オーケストラの歯切れのよさと弾力が極まって、コンチェルトらしい活力という点においても申し分のないベートーヴェンの1番(そしてアンコールのこれまたしなやかなハイドン)のほうであったという点について、少なからぬひとの意見が一致するのではないか。だが私はそれに劣らずこのオーケストラにしてこのソリストの演奏するモーツァルト第23番に興味を引かれた。後期の協奏曲のうちでもっとも人口に膾炙した曲であるわりには、その明示的なわかりやすさゆえにだろうか、作品としての奥行きが充分に顧みられない気さえするのだが、実のところこれはアンデルシェフスキの弾き振りのプレイスタイルで聴くに値する曲目であった。というよりも、その困難さゆえにこそ、彼の独創性が際立ったというべきか。23番といえば洗練された書法であり、作曲家自らがカデンツを書くほどのコントロール意欲を見せた演目というのは知られたことだ。ここにみられるロココ的な優雅というのは、様式であるという意味ではある種の気取りではあるが、しかしまた様式はそれ自体自然な感情の吐露を指示するようにコーディングされているので、そこに少し弾き手が色気を出してなにかを表出しようとするだけでわざとらしさへと変じてしまうというところがある。この点、アンデルシェフスキは実に独創的なアプローチをするピアニストではあるが、しかし表出的に余計な何かを付け加えるということは全くなく、彼が対話的謙虚さのうちでこの曲をいわば打診し、語りひらいてゆくさまは、まったく不思議なものだ。第一楽章、あのふと我に返ったような、初秋の風のように新鮮な意外性とメランコリーを伴う展開部の新しい主題、さながらポルトガルのファドのように濃厚な第二楽章のシシリエンヌなど、演劇的なモメントといってもよいものがいくつもあったのだが、これらにしても、アンデルシェフスキの「弾き振り」的なイニシアティブやスタンドプレーというよりもむしろ、彼がオーケストラに問いかけ、提示し、彼らとともに音をやりとりした結果醸成されたムードなのだ。23番はそのようなダイナミックな相互作用の運動や、それに伴うむろんミスタッチ、瑕瑾をふんだんに許容するというにはいささか洗練され尽くしているとも言えるのだが、それでもアンデルシェフスキはむしろこの堅牢な狭さと向き合い試行することで、そこで手ずから音楽を捏ね、その音楽が形を変えながら身の置きどころを探っているような感覚を伝えてくる。こういう魅力をもったピアニストについて私は他にほとんど類例を知らない。

(2024/5/15)

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<Performers>
Piotr Anderszewski (Pf, Cond)
Kioi Hall Chamber Orchestra

<Program>
Gounod: Petite Symphonie for 9 Wind Instruments in B flat major
Mozart: Piano Concerto No. 23 in A major K. 488
Lutosławski: Overture for Strings (Uwertura smyczkowa)
Beethoven: Piano Concerto No. 1 in C major op. 15
(Encore : Haydn: Piano Concerto D major Hob.XVⅢ:11, 2nd movement)