Menu

Books|マルク・ミンコフスキ ある指揮者の告解|藤堂清

マルク・ミンコフスキ ある指揮者の告解
Marc Minkowski, Chef d’orchestre ou centaure, Confessions

マルク・ミンコフスキ 著 アントワーヌ・ブレ 編
岡本和子 訳 森浩一 日本版監修
2024年3月20日発行
春秋社
¥3,000(本体価格)

Text by 藤堂清(Kiyoshi Tohdoh)

マルク・ミンコフスキ、フランスの指揮者、61歳になった彼が語ったフランス語の自伝(原題に従い「告解」とすべきだろうか?)の日本語訳である。ただし本書には、原書にはない「マルク・ミンコフスキ、日本を語る」という特別インタビュー、さらに資料として、彼の年譜、日本公演の全記録、指揮者およびバソン奏者としての彼のディスコグラフィが収められ、日本向けの情報が大幅に付け加えられている。
本文は、ミンコフスキのファンで「追っかけ」(原語でなんというのだろう?)を自認するアントワーヌ・ブレが、ミンコフスキから聞き取った話をまとめたもの。コロナによるロックダウンでコンサートなどの活動が制限された時期、時間ができた二人は、週に2~4回、二か月間にわたって、Skypeでやりとりしていった。
こういった経緯もあるのだろう、文体はミンコフスキが語っているようなものである。また、彼の経歴を追っていくような記述ではなく、テーマごとに自然にふくらんでいくといった趣。彼はこの対談にあたって「師と仰ぐ人たちに敬意を表してから、歌劇場や音楽祭の音楽監督の仕事、演出家や歌劇場の総裁たちとの仕事について、また自分の楽団とともに生きることについて話がしたい」といっている。
彼の略歴としては、本の裏表紙に書かれている短いものが出発点となるだろう。
「1962年、フランス・パリ生まれ。バソン奏者として活躍しながら、徐々に指揮に転向。1982年にパリで古楽アンサンブル、レ・ミュジシャン・デュ・ルーブルを創設。バロック・オペラを中心にした録音を次々とリリースし、一躍世界的脚光を浴びる。バロックからロマン派まで幅広いレパートリーを持つ、現在もっとも注目される指揮者のひとり。2016年から2021年までボルドー国立歌劇場の総監督として指揮をするだけでなく劇場全体の運営を行う。」
このような外面的なキャリアから、まずバロック、とくにオペラが興味の中心にあり、そこをベースに徐々にレパートリーを拡げてきたのだろうと思い込んでいたのだが、この本に書かれていることを読むと、変化はドラスティックでそのきっかけもしっかりと準備されたものとはいえない。チャンスを掴み、成功させてきた要因は、「意志と才能」だと彼はいう。

第1章は「アーノンクール・ショック」というタイトル。
友人に聴かされたアーノンクールの指揮するヴィヴァルディの「四季」のレコード。「私の音楽スタイルはこのときに決まった。私の音楽観の基本となる、ありとあらゆるものが、この日生まれたと言っても過言ではない。」とその衝撃を語っている。レコードからこのような大切なことを聴き取り、それを自らのものとしていることは、ミンコフスキの特徴と言ってよいだろう。「ほぼ独学で勉強しただけで直観を頼りにここまでやってきた」「僕にとっての音楽学校は、コンサートやレコードだったんだよ」といった言葉に彼の来歴がつまっている。
アーノンクールから学んだ音楽スタイルとして、まず「アタック」の大切さを挙げている。
第2章は「バソン奏者から指揮台へ 我が師たち」
中学のオーケストラに入るために、バソンを始め個人レッスンで腕を磨いていった。バソンと音楽以外に興味がなく、学校も退学、バカロレア受験も断念。しばらくしてパリの声楽アンサンブルに雇われ演奏に加わることになった。そのうち「指揮をするしかない」という気持ちが大きくなった。
父親の支援を受けて行った公演を指揮し、それをきっかけにレ・ミュジシャン・デュ・ルーヴルを編成し、パーセルの『ディドとエネアス』を上演し大成功。その後の指揮活動につながった。
一方バソン奏者としてもハーグ音楽院に入学し勉強をつづけた。ピリオド楽器に夢中になり、三つのバロック・アンサンブルの専属バソン奏者となった。
第4章は「指揮者とは」というタイトルで、初めて指揮について学んだシャルル・ブリュックによる講習会のこと、指揮台に上がる機会が早く訪れたため、さらに学習することはできなかったが、他の指揮者の演奏会に通い勉強し続けたという体験。続いてミンコフスキの指揮に関する考え方が述べられていく。ヨーロッパのオーケストラと日本のオーケストラの違いにも言及があり、興味深い。
第5章の「いざ、舞台へ」では、オペラに関わるさまざまなできごとが述べられる。歌手の勝手な解釈のこと、大胆な演出のこと。彼が見い出し育ててきた歌手のこと。成功したプロダクションのこと。問題のあった舞台のことなど細かに語られる。さらに共同作業が実りの多い演出家を挙げていく。
第7章「グルノーブル、そしてレ島へ」、第8章「劇場は生きている」では、レ・ミュジシャン・デュ・ルーブルのグルノーブルへの移転、レ島の音楽祭の開始、さまざまな劇場での企画、そしてザルツブルクのモーツァルト週間の芸術監督の仕事について述べていく。
第9章「新しい家」では、ボルドー国立歌劇場の総監督になるまでの経緯から、課題、そして活動について語る。

マルク・ミンコフスキという稀有な才能の持ち主が、指揮だけでなく、劇場の総監督という管理者としての仕事もこなし、充実した成果を挙げてきたこと、ニュースで知っていたように思っていたが、本書を読むとそれがいかに大変なことであったかが分かる。今後の活躍にも期待したい。オーケストラ・アンサンブル金沢や東京都交響楽団との長年の関係が続いていくことも日本の一聴衆として希望するところだ。

(2024/5/15)