岡本侑也(チェロ)―無伴奏 II|丘山万里子
岡本侑也(チェロ)―無伴奏 II
Yuya Okamoto(vc) -Solo 2
2024年3月10日 トッパンホール
2024/3/10 TOPPAN HALL
Reviewed by 丘山万里子(Mariko Okayama)
Photos by ヒダキトモコ/写真提供:トッパンホール
<曲目> →foreign language
イザイ:無伴奏チェロ・ソナタ Op.28
ブリテン:無伴奏チェロ組曲第1番 Op.72
〜〜〜
ペンデレツキ:ジークフリート・パルムのためのカプリッチョ
細川俊夫:小さな歌
ユン・イサン:グリッセ
尾高惇忠:独奏チェロのための《瞑想》
黛 敏郎:BUNRAKU
当日、曲順の変更によりイザイから。冒頭の一音の深さ豊かさにまず持ってゆかれる。
微光細胞がみっしり集まって一つの発光生命体となり、自在な波長でくるみ込んでくる。その響きの深度とこっくりした芳醇に、いきなり酩酊。抑制の効いた歌心、たっぷりした美音で旋律線を丁寧に彫琢、いかにも岡本らしい知情意の整いを示す。
ブリテン、重音をずっしり響かせ哀愁を帯びた「歌」から。間に4箇所「歌」を挟んでの全6曲一続きの構成を彩り豊かに描き出す。フーガでの弾みっぷり、ニュアンス豊かな高速スケールでのさりげない技巧、ラメント(悲歌)では低音高音どちらも艶やかな響きで抉りの深いラインを描出。再び「歌」ののちピチカートが踊るセレナータ。こんなに色んな音色、ニュアンスが出せるのか、とその表情豊かなピチカートに感嘆。行進曲は笛や太鼓の響きが楽しく、ボルドーネのバグパイプともどもどこかケルトっぽく、アイルランドの片田舎を思わせる。最後は超高速での無窮動でその超絶技巧に歌を浮かばせ締め括った。さすが。
だが、休憩を挟んでのペンデレツキは、類なき怪演であったと思う。
いかんせん指板を指で打ちつつ急速移動の冒頭に、人気(ひとけ)のない廃材置き場に連れてゆかれたような感じにとらわれる。筆者は西村朗研究で特殊音響・奏法には慣れているのだが、指タップ異音、と思えば弓でのキキキ、ガシガシザリザリギシギシ擦音のほとんど悲鳴、あちこちから湧く異声飛び交い、はたまたまともな運弓での朗々フレーズ、駒下バウンド、ボディを突っつき、ブンブンビヨーン(グリッサンド)と怒涛のごとく押し寄せるあれやこれやを切っては投げ掴んでは投げのほとんど格闘技的音響世界。と、弓を置いてピチカートのパラパラみぞれ、水滴音に今度は深夜の鬱蒼たる森の獣道を行くような気分に。だが、突如降ってくる怪鳥の叫びにすくむと足元で蠢く何か。と、弦がブチ切れた! 無理もない、と楽器に同情しつつ、つい笑ってしまったのである。奏者も苦笑一礼、楽屋に引き上げ暫しののち、涼しい顔で最初から弾き直したのには全くもってそのスタミナと集中力に驚くばかり。後者の方が「音楽的」に聴こえたのは奏者も聴者も慣れたからか。ピチカートの雨垂れ、テールピースを撫でるようにそっと弓弾きの終尾に、楽器をいたわるかの風情を見たのは筆者だけか。いずれにしても稀有なひとときであった。さらに言えば、そんな特殊奏法快刀乱麻であっても彼はただのノイズを決して発しなかったところがこの人のセンスであり力量だろう。尖った若さの発散や力で押し切る野趣とは一味違う考え深さ、自らの持てる美音の意味を知る、と言ったら良いか。
そういうわけで、続く細川『小さな歌』の楷書の一筆書き的佇まいにほっと一息ついた次第。細川の師匠ユン・イサン『グリッセ』は12音技法と韓国伝統楽器の書法のハイブリッドだそうだが、粘着質の響きと内的緊張の尖鋭がやはりこの作曲家独特の風合いを感じさせた。尾高敦忠『独奏チェロのための“瞑想”』の外連なき正格と歌心は岡本によく似合う。黛『BUNRAKU』は、以前やはりトッパンのランチタイム(2017)で聴いているが、当たり前だが当時と比べ格段に表現が深まったと思う。いわゆるオリエンタリズム、ジャポニズム路線であるものの、黛がこの時これを産んだ時代性と、今日の若者の感性が瑞々しく交差、息づき、こちらも白眉であった。
今後はエベーヌ弦楽四重奏団のメンバーとしてステージを重ねるそうで、日本の若者がそうしたシーンに自然に馴染んでゆく、時代も変わったと、東京クァルテットをクレモナで聴き感激した筆者など、感慨深いものがあった。彼なら互いに多くを吸収、伍しての切磋琢磨が可能と思う。
新たな地平を開く若者たちのこれからが楽しみ。
(2024/4/15)
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Yuya Okamoto(vc) -Solo 2
<Performer>
Yuya Okamoto(vc)
<Program>
Ysaÿe:Sonata for Violoncello Solo Op.28
Britten:Suite for Violoncello Solo No.1 Op.72
〜〜〜
Penderecki:Capriccio per Siegfried Palm
Toshio Hosokawa:Small Chant
Isang Yun:Glissées
Atsutada Otaka:”Meiso” for Violoncello Solo
Toshiro Mayuzumi:BUNRAKU