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小泉×九響 70周年記念演奏会|藤原聡

小泉×九響 70周年記念演奏会
九州交響楽団 東京公演
The Kyushu Symphony Orchestra Concert in Tokyo

2024年3月20日 サントリーホール
2024/3/20 Suntory Hall
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by ヒダキトモコ

<曲目>        →foreign language
ベートーヴェン:交響曲第2番 ニ長調 作品36
リヒャルト・シュトラウス:交響詩『英雄の生涯』 作品40 TrV190

<演奏>
指揮:小泉和裕
コンサートマスター:扇谷泰朋

 

当初は2020年の3月に開催される予定であった九州交響楽団の東京公演がコロナ禍により中止となり、それから4年が経過したこの3月にようやく実現の運びとなった。実に20年ぶりの九響東京公演だという。また、延期となったことにより結果として九響の創立70周年記念演奏会に、さらには音楽監督の小泉和裕が同ポストを退任するタイミングとも重なり「モニュメンタル度」がより高まったのだった。尚、2020年に予定されていたプログラムを改めて調べてみると後半は『英雄の生涯』で今回と同じ。前半はベートーヴェンの交響曲第4番であったが、これはこのたび第2番に変更された(その理由については詳らかではないが)。筆者は九響の本拠地であるアクロス福岡で大野和士とバッティストーニの指揮により2度九響の実演に接しているが、在京オケに勝るとも劣らぬその力量に驚かされた記憶が鮮やかに蘇る。アクロス福岡は音響効果に優れたホールだがサントリーホールでこのオケがいかに響くのか誠に興味津々だ。

前半のベートーヴェンは弦16型という大編成、ところが重々しさは皆無、実にキビキビして小気味よい。弦楽器群の音は重心が低くまろやか、実に瑞々しい。管楽器は弦16型に対応して倍管にせず2管のまま、必然的に弦楽器主体のバランス構築となるが、オケ全体が互いをよく聴き合っているのが明白な非常に緊密かつ有機的なアンサンブルを展開、そのため管楽器も埋もれたりせずに要所で明快な主張を繰り広げる。むろんピリオド風味は全くなく、これをオールドスタイルの演奏と言うならばそれはそうだが、しかし手垢のついたような古臭さが全く感じられない独特の感触。小泉が作品を完全に自分のものにしていると同時に、長年に渡って共演してきた九響との関係がいかに成熟しているのかをまざまざと感じさせる演奏である。

後半は小泉自ら「最も重要なレパートリー」と語る『英雄の生涯』、これも誠に実直で音楽的な名演奏となった。元来が派手な演奏効果を持つ曲であり、作曲者のセルフポートレートであると同時に分かりやすい表題性に富んでいるためそのような側面を表現しようと躍起になる演奏もままあるが、その場合下手をすると非常に通俗的かつ狂騒的になる恐れなしとしない。それがどうだ、この日の小泉和裕と九響の演奏は。ベートーヴェンと同様、オケ全体が完全に一体化してどのパートにも凹凸がなく表現の方向性にブレがない。それゆえまるで「編成の巨大な室内楽」(語義矛盾だが)を聴いているような錯覚にすら陥る。R.シュトラウスの『英雄の生涯』でそんなことが起こるとは。

「英雄の敵」ではカリカチュアライズされたようなシニカルさをことさら演出するでもなく、「英雄の伴侶」でのヴァイオリン・ソロ(扇谷泰朋の技術的にほぼパーフェクトかつ美しいソロには最大限の賛辞を呈したい)も鬼嫁(?)パウリーネの性格を描写するような大きな表現の振幅があるわけでもない。または「英雄の戦場」でもことさらに緊迫感を煽ったりはしない。代わってそこにあるのは言葉の最良の意味での「過不足のない」音楽そのものだ。表面的な演奏効果をいたずらに追うことなく、実直にスコアそのものを極め尽くした先にしかこのような音楽は立ち現れまい。これを小泉和裕の音楽に対する誠実さ、そして九響の技術力、そして両者の長年のパートナーシップの賜物と言わずしてなんと言う。

しかし、その小泉が例外的にかなり直截にエモーショナルさを剥き出しにしていたのが「英雄の隠遁と完成」であったと聴く。ともすると「英雄の戦場」を頂点としてそれ以降が蛇足―と言って言い過ぎなら聴き手の緊張と興味が薄れがちになる―に聴こえる本作の最後を飾るにふさわしいドラマ構築である。

小泉和裕は4月以降九響の名誉音楽監督となる。両者の関係は3月でひとまずの区切りを迎えたが、今後もその素晴らしい関係は継続される。誠に喜ばしいことだ。このコンビにはより頻繁に東京公演を実施して頂きたい。

(2024/4/15)


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〈Program〉
Ludwig van Beethoven:Symphony No.2 in D Major,Op.36
Richard Strauss:Ein Heldenleben(A Hero’s Life),Op.40,TrV190

〈Player〉
The Kyushu Symphony Orchestra
Conductor:Kazuhiro Koizumi
Concertmaster:Yasutomo Ogitani