Menu

アントワン・タメスティ& 藤田真央|秋元陽平

アントワン・タメスティ& 藤田真央
Antoine Tamestit & Mao Fujita

2024年3月27日 銀座・王子ホール
2024/3/27 Ginza Ohji Hall
Reviewed by 秋元陽平(Yohei Akimoto)
Photos by 藤本史昭/写真提供:王子ホール

<演奏>         →Foreign Languages
アントワン・タメスティ(Va)
藤田真央(Pf)

<曲目>
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ 第21番 ホ短調 K304(ヴィオラ版)
シューベルト:アルペジョーネ・ソナタ イ短調 D821
シューマン:おとぎの絵本 Op.113
シューベルト:月に寄す Op.57-3, D193
シューマン:月夜(リーダークライス Op.39より)
シューベルト:夜と夢 Op.43-2, D827
シューマン:アダージョとアレグロ 変イ長調 Op.70
(アンコール)
シューマン:献呈
シューベルト:アヴェ・マリア

 

あといったいいくつ音色を隠し持っているのか——パレットの豊かな二人だ。冒頭におかれたモーツァルトが、初期ロマン派の感情の渦に飛び込む前の聴衆に一抹の軽快さを供するかと思わせるが、ただちにその企みの複雑さに面食らう。第一楽章、二人はともにアーティキュレーションによって、ほとんど初期のベートーヴェンのようなカデンツのエネルギーを際立たせるが、ややもすると今日のプログラムでも出色の鋭角ぶりだ。ヴァイオリンからヴィオラに置き換えられたことによって、端正な形式のうちに潜在するモーツァルトの隠れた溌剌を豊かな中音域が一層よく引き出している。そして第二楽章の冒頭、その驚異的なタッチコントロールによって、藤田真央は「親密な遠景」とでも言うべき、一瞬耳を疑うような逆説的な音響を作り出す。一瞬舞台の裏から聞こえてきたのかと思うほど遠く、同時に頭の中に鳴っているのかと思うほど近い。質量感を十分にともなうppだけが、これを可能にするのだろう。ピアノと弦楽が対等に渡り合うソナタの皮切りとなる本演目においては、この音色こそが前に出たり後ろに退いたりと自在なフォーカスの切り替えを可能にする。
他方でタメスティの音楽の豊かさは、アルペジオーネ・ソナタの冒頭の息の長いパッセージでとくに堪能できる。この高名なフレーズを、彼は既知のメロディのようには決して扱わない。いくつもの声部の複合として歌い分け、短いアルペジオのところではまた音価を変えて、といったふうに、節回しから歌を新鮮に立ち上がらせる。このように名手の手ほどきによって、見慣れたものがまた再び見知らぬものになるという感覚、その懐かしさと不安のバランスはまた、シューベルトの世界に特有の魅惑でもあるだろう。タメスティの音色はしかしあくまでまっすぐで、素直であり、3曲にわたる歌曲のアレンジはその衒いのない描線によって構造が立ち上がり、ふだん声の厚みでよく見えなかった部分をも覗き見ることができる。いわばひとつの透視図のようだ。ここでも『月に寄す』の冒頭など、藤田真央が弱音の中ニュアンスを弾きわけていくその手つきはほとんど同業者のなかでもまったく類をみないピアニシモの採集箱とでも言うべき微細さがあり、聴衆の耳がそこに完全に誘い出され釘付けになってしまうので、まさにそこへ滑り出してゆくのは普通であれば併奏する弦楽器にとってさぞかし重圧だろうと想像するが、タメスティの歌はべつだん示し合わせもせずにすっとそこに差し込まれて響き、彼だからこそこのピアノに釣り合うと感じるものがそこにある、と思わされる。またヴィオラの中低音域、子音の成分をぐっと効かせた野趣が存分に味わえる『おとぎの絵本』はとくに聴いていて楽しいものであった。プログラム内のどの曲にも増してヴィオラにあってヴァイオリンにはない部分において演奏効果がよくねらわれていたように思われる。それにしても、藤田真央はソロ、デュオ、室内楽、協奏曲と比類なきオールラウンダーぶりを発揮しているのだが、彼の場合、根底にあるのはあくまで「聴くこと」、このことなのだという気がする。理論上は演奏のあとに音が鳴るのだとしても、自身の奏でる音を弾くと同時にすでに聴いているような精度が、あの近くて遠い魔術的なピアニシモにつながっている。であれば、他者をも聴くことを求められるアンサンブルの名手であることには、何の不思議もない。

 

 

(2024/4/15)

—————————————
<Performers>
Antoine Tamestit (Va)
Mao Fujita (Pf)
<Program>
W.A.Mozart: Sonata for Violin and Piano No.21 In E minor, K304à
F.Schubert: Arpeggione Sonata in A minor, D821
R.Schumann: Märchenbilder, Op.113
F.Schubert: An Den Mond Op.57-3, D193
R.Schumann: Mondnacht (Liederkreis, Op.39)
F.Schubert: Nacht und Träume, op.43-2, D.827
R.Schumann: Adagio und Allegro in A flat major, Op.70
(Encore)
Schumann : “Widmung” (Myrthen, Op.25)
Schubert : Ave Maria