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名古屋フィルハーモニー交響楽団 東京特別公演|藤原聡

名古屋フィルハーモニー交響楽団 東京特別公演
Nagoya Philharmonic Orchestra Special Concert in Tokyo

2024年3月25日 東京オペラシティコンサートホール
2024/3/25 Tokyo Opera City Concert Hall
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 中川幸作/写真提供:名古屋フィルハーモニー交響楽団

<曲目>        →foreign language
レスピーギ:交響詩『ローマの噴水』
レスピーギ:交響詩『ローマの松』
レスピーギ:交響詩『ローマの祭』
※アンコール
マスカーニ:歌劇『カヴァレリア・ルスティカーナ』間奏曲

<演奏>
指揮:川瀬賢太郎(名フィル音楽監督)
コンサートマスター:森岡聡(名フィル コンサートマスター)

 

年に1度行われる恒例の名フィル東京特別公演だが、今回は2023年4月に同フィルの音楽監督に就任した川瀬賢太郎による音楽監督として初の東京公演への登壇となる。川瀬は以前常任指揮者を務めていた神奈川フィルとの8年間で最も思い出に残っているコンサートとしてレスピーギのローマ三部作を挙げており、その時の演奏が余りに大切な思い出ゆえ他のオケで取り上げる勇気がなかった、と語る。そのローマ三部作をこの度の東京特別公演に持って来た、ということは間違いなく川瀬の今公演にかける想い、自信を表していよう。

作曲年順の演奏、ということでまずは噴水から。冒頭の「夜明けのジュリアの谷の噴水」から隙がなく非常に整然とまとまったアンサンブルを聴かせ、既にして川瀬の手腕は明らかだ。特に弦楽器群の音色の作り方の上手さ、それを背景にした木管群とのパースペクティヴの取り方の絶妙さ。繊細だが音楽はせせこましくなく流れは自然。また、「朝のトリトーネの噴水」や「真昼のトレヴィの噴水」ではトゥッティの箇所でも迫力は保ちながら音響が混濁せず常に均衡を保っていたのが素晴らしい。東京オペラシティコンサートホールはローマ三部作を演奏するにはキャパシティ的にやや小さく音響が飽和する危惧を抱いていたのだが、川瀬の巧みな指揮はそれを見事に回避していた。終曲の「黄昏のメディチ家の噴水」は余情に溢れる。

次の松でも川瀬は好調だ。チェロとコントラバスが全く登場せずオケ全体も徹底して高域で展開される「ボルゲーゼ荘の松」のエッジの効いた素晴らしい躍動感、この曲とは逆に低音域で徘徊するかのような音楽である「カタコンブの松」では後半部の5度のハーモニーでの荘厳なメロディにおける溜めを伴った彫りの深い歌い口は極めて印象的で、華やかな箇所での捌き方の上手さのみならず、こういった内省的な音楽でもその表現力に優れる。「ジャニコロの松」では首席クラリネットのロバート・ボルショスが独特の音色で表情豊かな演奏を聴かせ聴き惚れる。終結部のナイチンゲールの鳴き声は客席に配された鳥笛奏者により演奏されたとのことだが、筆者の座っていた1階席では上方よりホール全体を包み込むようにして明瞭に聴こえ、まるでスピーカーから流されたような印象。音自体は美音であったが、個人的にはより幽き(かそけき)音量が好ましい。そして終曲の「アッピア街道の松」ではとにかくクライマックスまでの演出が巧みだ。ややゆったりしたテンポで低徊気味に始められたそれはバンダ―左右の2階バルコニー席とステージ正面のオルガン下の3部に分けて配置―の登場と共にリズム的な輪郭が俄にアップし、そこから細やかなグラデーションをもって音量が増大するが、しかしその音響はいたずらに肥大せずに端正さも併せ持ち、力まずに余裕がある。音の美観も失われない。正直、筆者は川瀬がもっと直截な盛り上げ方をするのだろうと思っていたのだが、このような気品ある音楽を作るとは。これは掛け値なしの名演奏だ。

休憩を挟んでの祭でも川瀬の指揮は冴え渡る。バンダを正面オルガン下に配置した「チルチェンセス」の暴力的な音響構築―しかしここでもオケは全体として常に均衡が保たれる―、「五十年祭」では細部の克明な処理が際立ち、「十月の祭」は後半部のマンドリンが登場して以降の艶めかしい表情もよい。「主顕祭」では川瀬もリミッターギリギリまでオケのボルテージを上げにかかる。コーダに至ってさらに猛烈な追い込みをかけ、こちらも思わず腰が浮くほどであるが、驚くことにそれでも音響はカオス化しないのだ。いかに指揮者が作品を手の内に入れているかが如実に伝わる指揮ぶりである。

かつて宇野功芳は噴水を「印象派的」、松を「芸術的」、そして祭を「通俗的」(否定的な意味ではあるまい)と形容していたが、この日の川瀬はまさにそのように演奏していたと思われた。つまり、作品の「キモ」を射抜いていたということだ。

三部作の演奏後に川瀬はマイクを持って登場。この東京特別公演をもって23年務めたコンサートマスターを退任する日比浩一をねぎらい、日比もマイクを渡されて挨拶。アンコールには第1プルトのアシスタント側で弾いた日比が森岡と入れ替わりコンサートマスターを務めてのマスカーニの『カヴァレリア・ルスティカーナ』間奏曲が原譜通りにオルガン入りで演奏され、これがまた絶美。そしてアンコールも含め名フィルはその優れた力量を最大限に発揮した。これには賛辞を呈したい。もし何とはなしに「在京オケの方が力量が上」と思っておられる方がいるならば、全くそんなことはないと申し上げておきたい。

最後に改めて。いささか失礼ながら、以前何度か聴いた川瀬の実演は手堅くはあってもそれ以上のものを余り感じなかったのだが、この日は冴えに冴えていた。不遜な言い方で申し訳ないが、今の川瀬は大きく成長したのだろう。今後川瀬の演奏をさらに聴いてみてそれを確信したいところだ。

(2024/4/15)


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〈Program〉
Ottorino Respighi:Fontane di Roma
Ottorino Respighi:Pini di Roma
Ottorino Respighi:Feste Romane
※Encore
Pietro Mascagni:Cavalleria Rusticana〜Intermezzo

〈Player〉
Nagoya Philharmonic Orchestra
KAWASE Kentaro,Conductor/Music Director
MORIOKA Satoshi,Concertmaster