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広島交響楽団 特別定期演奏会|藤原聡

広島交響楽団 特別定期演奏会
Hiroshima Symphony Orchestra
The Special Subscription Concert

2024年3月10日 すみだトリフォニーホール
2024/3/10 Sumida Triphony Hall, Tokyo
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 三浦興一/写真提供:広島交響楽団

<曲目>        →foreign language
細川俊夫:セレモニー−フルートとオーケストラのための
ブルックナー:交響曲第8番 ハ短調 WAB108(ハース版)

<演奏>
指揮:下野竜也
フルート:上野由恵
コンサートマスター:三上亮、蔵川瑠美

 

この3月で広島交響楽団の音楽総監督の地位を退任した下野竜也のファイナル東京公演は、広響の創立60周年記念公演でもある。下野が広響の音楽総監督に就任したのは2017年の4月。その就任記念演奏会で披露されたのは今回と同じブルックナーの交響曲第8番であり、その際の公約(まるで政治家のようだが、ひたむきで真面目な下野らしい)は退任前の最終公演でも同じブルックナーの第8番を取り上げる、というものだったらしい。同じ演目であることにより年月を経ての成長が聴き手は明快に聴取できるであろうし、それは演奏する側としても同様だろう。アルファにしてオメガ、メルクマールとしてのブルックナーの交響曲第8番。コンサート前半は細川俊夫の『セレモニー』が組み合わされる。チューリッヒ・トーンハレ管とオーケストラ・アンサンブル金沢の共同委嘱作品集として作曲され、初演者のエマニュエル・パユに捧げられたという。なお、この初演の際には細川作品に続けてブルックナーの交響曲第8番が演奏された(指揮はパーヴォ・ヤルヴィ)。プログラムでの細川の言によれば、この下野竜也&広響公演はそれにならったとのこと。

まずはフルートの上野由恵が登場しての『セレモニー』。形態は実質フルート協奏曲であるが、ここで上野はフルート、ピッコロ、アルトフルートを駆使、マルカーティッシモで瞬時に息を吹き込んだり、かすれた音によるフラッターツンゲを用いたり、あるいは通常の楽音としての音を出さずに頭管に強い息を当てたり、さらには特殊なキー操作で半音より細分化された音程を抽出したり、とフルートでありながらその音はまるで尺八のようでもある。安定してまろやかな楽音ではなく、瞬間瞬間に移ろい、行く先が明快に見えないその不定形な音楽=音響はほとんど「自然」に近いものとして提示される。「シャーマンは、超自然の力を呼び起こすために息によって音を生み、歌を世界に投げかける」(細川)。本作においてフルートは「シャーマン」を、オーケストラは「シャーマンが呼びかける世界、宇宙、自然」を象徴させている(これも細川の言)。フルート=シャーマンは人間でありながら宇宙と交信する媒介者ゆえどこかに非現世的な色彩を帯びるのだが、上野は確かな技巧とまさにシャーマニスティックな没入でこの世界観を見事に体現したと言ってよい。特に長いカデンツァ的なパートは上野の面目躍如、圧巻の一語。下野と広響も精妙かつきめ細やかな音色の変化をもって上野のソロを十全に包み込み、あるいは突き放す。余談めくが、自然、息(それに伴う風)とのターム、あるいはフルートの用い方などをもって本作から武満徹の『ノヴェンバー・ステップス』を想起させられるのだが、そこに細川のオペラ『海、静かな海』を思い起こすとこの細川の自然には福島のこだまが感じられると共に、武満作品との差異にも思い至る。美しい自然と脅威の自然。良い作品であり演奏であった。

後半のブルックナーも人智を超えたところでの神=絶対者との合一、との点で楽曲の表層、時代の相違にもかかわらず細川作品との共通性がなくもなかろう、とは牽強付会か。それはさておきこの下野のブルックナーは極めて実直な演奏であった。第1楽章、第2楽章のトリオ、第3楽章、そして第4楽章のコーダなどは相当にゆったりとしたテンポを取る。第2楽章、第4楽章主部などは通常のテンポなのだが、遅い箇所が全体をスポイルして非常に重々しい。また、拍節感が稀薄、ダイナミクスも存外平板なために、音響それ自体は全体としてよく整えられ和声的には極めて美しいが横の構成のコントラスト=時間性を感知しにくい。金管は抑制気味、全体に溶け込ませる。要所でのティンパニの打ち込みも相当に控え目。広響の演奏自体は非常に見事で、下野の解釈を献身的に支えていたが、筆者はより躍動的かつ構築的、重層的な演奏を好むので、この下野の解釈には余り賛同できなかった、というのが本音である。ちなみに、演奏前のプレトークで下野が語っていたが、高関健からのサジェスチョンによりブルックナー第1楽章の冒頭5、6小節にあるクラリネットがこの演奏では省かれている。不自然であり、ブルックナー以外の第三者が書き加えた可能性がある、というのがその論拠らしい(それゆえ使用楽譜は当然ハース版)。単純に長年クラリネットありで聴き込んできたのでなんとなく落ち着かず座りが悪い気がしたが、まあ単なる耳慣れの問題ではあろう。

この度の下野竜也&広響の演奏、細川俊夫は文句なし、ブルックナーは筆者としては肌に合わなかったけれども、このコンビの到達した演奏水準の高さに疑う余地はない。4月以降、下野は広響の「桂冠指揮者」となりその共同作業は続く。他のさまざまな演目をぜひ聴いてみたい。

(2024/4/15)


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〈Program〉
Toshio Hosokawa:Ceremony for Flute and Orchestra
Bruckner:Symphony No.8 in C minor WAB108(Haas Edition)

〈Player〉
Conductor:Tatsuya Shimono
Flute:Yoshie Ueno
Concertmaster:Ryo Mikami,Rumi Kurakawa